男装即バレ従者、赤ちゃんを産んだらカタブツ皇帝の溺愛が止まりません!
「馬鹿者。口が塞がっているのだから鼻で吸わんか。……まったく、呼吸を止める奴があるか」
 細切れの速い呼吸がやっと常のリズムに戻ったところで、サイラス様が低く告げる。しかし、突き放した物言いとは裏腹に、彼の声は甘やかな響きで私の鼓膜と胸を震わせる。
 なにより彼は口づけを解いた後も私に回した腕を解かず、私の背中をずっとさすってくれていたのだ。彼の言動は不遜で尊大で……だけどそれらの裏側に、私は不器用な優しさを感じていた。
「すみません。次はそうします」
 私が口にした『次は』の件で、彼はフッと表情を緩めた。
「瞼を瞑ったのは進歩だったがな」
 サイラス様がほんの一瞬だけみせた柔らかな微笑みが、私の胸をさわがせる。同様に、見上げた視界に映るアメジストの瞳が、こんなにも私を落ち着かない心地にさせるのはどうしてなのか……。
「……さて、すっかり目も覚めた。今日の衣裳はどうなっている?」
 見つめ合っていた視線を先に逸らしたのはサイラス様だった。ホッとしたような、残念なような……ふと『残念』と感じること自体が、とてもおかしいことに気づく。
< 78 / 220 >

この作品をシェア

pagetop