ヴァイスラント公国のワルツ~陛下の恋、僕が叶えてみせます!~
エピローグ 星巡る日常
国民のことを広く知るのは良いことと、国王ギュンターは毎朝仕事はじめにひととおり民の発行する新聞にも目を通している。
「「アリーシャ嬢への公開求婚者数がついに二十人を突破。お相手予想の決戦投票はローリー夫人のサロンにて。」……構わんが、敗れた男にもそれなりに配慮してくれるように願おう」
日々国王の下に届く新聞には、国民の関心事が載っている。ヴァイスラント国民は素直に関心のあるところに熱狂して、それが時々残酷な気もする。
「「海辺の新ハイリゾートオープン! 星読み台に次ぐ愛のスポットとなるか!?」……素晴らしいな。もっとやってくれ」
ギュンターが新聞をめくると、美男美女の挿絵とともに新しい娯楽施設が宣伝されている。ギュンターは言葉の内容とは裏腹に、ふてくされたようにぼやいた。
「「結婚前のお泊り、親に申告する? しない? 本社調査では、しない派が九割を占めた」……」
「兄上、お気持ちは察しますが、どんどん業務とは逸れていますよ」
朝の紅茶をたしなみながら、向かいの席で同じように新聞に目を通していた王妹マリアンヌがついに進言した。
ギュンターは新聞を折りたたんで黙った。マリアンヌは多少そんな兄を不憫そうに見ながら言う。
「会えないんですね、カティに」
「……こんなに接点がなかったとは知らなかった」
ギュンターは頭を押さえてぼそぼそとつぶやく。
「カティは勤務中には一切執務室から出てこない。昼休みは最小限の動きで食堂に行くだけだし、勤務が終わったら速やかに帰宅。アフターファイブに飲みに行ったりサロンに出入りするなんてこともない。休日はほぼ実家で家族との時間を最重要視している」
「完璧にカティの動きを把握していらっしゃる」
「真面目ないい子なんだ。模範すぎて涙が出る。……だが」
ギュンターはそこにカテリナがいるように三白眼でにらむ。
「精霊との約束だった最後のダンスを踊ったんだ。お忍びどころか仲睦まじく公式に二人で一緒に出かけて、何だったら泊まりもして、しかるべき時に結婚する仲のはずだ。久しぶりに会ったと思ったら、「父が残業続きだから早く帰ってスープを作ってあげないと」は無いぞ」
「ゲシヒト総帥は無人島に漂着しても、手斧一つで無事生還した人ですからね」
マリアンヌは一応兄に同意してから、そろりと言い返した。
「ただ、カティは一般的なヴァイスラント国民よりだいぶ奥手で純粋でしょう? そういう少女だから惹かれたのだと、兄上だってわかっていらっしゃるはず」
「……まあそれを言われると痛いんだが」
アリーシャ嬢やローリー夫人のような社交的で手慣れた女性たちだったら、今のような悩みはなかっただろうとギュンターも思う。けれど今となってはカテリナ以外を選ぶなど考えもつかないわけで、だからこそ早くカテリナを捕まえてしまいたいのだが、ここのところすれ違ってばかりなのだった。
「また私の座っているここに異動させれば手っ取り早いですが」
「それは二度としない」
「あら」
マリアンヌが意外そうに眉を上げると、ギュンターはむくれたように、とはいえ固い意志をもって告げた。
「俺はカティを部下にしたいわけじゃない。伴侶にしたいから、距離を守ってるだけだ」
椅子から立ち、窓辺でたそがれた兄の背中を見て、マリアンヌは苦笑する。
「強がりはほどほどに。恋をしたら、誰だってルール違反ばかりするものですよ」
ギュンターは妹の言葉を耳に痛く聞きながら、たぶん今日も澄んだ大きな目をした少女の姿ばかり探しているのだろうなと思ったのだった。
ぱたぱたと聞き覚えのある足音を聞いて、ギュンターは自然と心が弾むのを感じていた。
「遅くなりました!」
ギュンターの執務室の扉を勢いよく開いて、カテリナは息せき切って飛び込んできた。
カテリナの手には旅行鞄、頭には子どもが夏休みに被るような麦わら帽、ただその格好は白いワンピース姿だった。ギュンターは露わになったカテリナの足に喜ぶのは止められなかったが、表向きは不機嫌そうな顔を作る。
「確かに遅かったな」
「上官と室長と執事と父と家のみんなに許可を取っていたので」
「まったくお忍びになってないが、まあいいだろう。あと、まずはこれを着ること」
ギュンターはここまでカテリナがその白い足を人目にさらしてきたことを許せないと思いながらも、ひとまず彼女にマントを着せかけてそれ以上の露出を防いだ。
夏もじきに終わり、大きな祭りも大方終わっているが、カテリナとギュンターにはまだ消化していない夏休みがある。ギュンターはカテリナに手紙を送って、その休みを一緒に取らないかと誘ったのだった。
同じ王城で働いているのに通信手段は手紙、しかもカテリナの側は全然忍んでいないお忍びだが、とりあえず二人で新しい海辺のリゾートに泊りがけ旅行をすることになっている。
「陛下、怒っていらっしゃいますか?」
カテリナはその素直さと一緒に持っている繊細さでギュンターの表情を見て取って、申し訳なさそうに問いかけた。
ギュンターはカテリナに会ったら山ほど言いたい文句があった。父を始めとした家族に比べて自分の扱いときたらどうだ、君は国王の想い人としての自覚はあるのか、そんな無防備な短いスカートで走ってきて、俺にどうしろと言うんだ、などなど。
「馬鹿、うれしいだけだ」
ギュンターは目を逸らして早口に言うと、ほら、と手を差し出した。不思議そうにその手を見たカテリナに、ギュンターは急かす。
「手を貸せ。それから、今後俺のことはギュンターと呼ぶように」
まばたきをしたカテリナの手をつかんで、ギュンターはもう片方の手で荷物を奪った。
じわじわと赤くなるカテリナを横目で見て、ギュンターはふと考える。
「……さて、どこまでしていいんだ」
思わず願望を口にしてしまって、カテリナに聞きとがめられる前に歩き始める。
頭の中を巡る欲望は星の数ほどあるが、たぶん今回の旅行で叶うのはほんの一部だろう。ギュンターにはそれだけは確信があるが、ふいに星が降る日があるように、ヴァイスラントではいつ運命が動き出すかはわからない。
それは星のまたたく夜に二人で出かけた、そんな日常のひとときだった。
「「アリーシャ嬢への公開求婚者数がついに二十人を突破。お相手予想の決戦投票はローリー夫人のサロンにて。」……構わんが、敗れた男にもそれなりに配慮してくれるように願おう」
日々国王の下に届く新聞には、国民の関心事が載っている。ヴァイスラント国民は素直に関心のあるところに熱狂して、それが時々残酷な気もする。
「「海辺の新ハイリゾートオープン! 星読み台に次ぐ愛のスポットとなるか!?」……素晴らしいな。もっとやってくれ」
ギュンターが新聞をめくると、美男美女の挿絵とともに新しい娯楽施設が宣伝されている。ギュンターは言葉の内容とは裏腹に、ふてくされたようにぼやいた。
「「結婚前のお泊り、親に申告する? しない? 本社調査では、しない派が九割を占めた」……」
「兄上、お気持ちは察しますが、どんどん業務とは逸れていますよ」
朝の紅茶をたしなみながら、向かいの席で同じように新聞に目を通していた王妹マリアンヌがついに進言した。
ギュンターは新聞を折りたたんで黙った。マリアンヌは多少そんな兄を不憫そうに見ながら言う。
「会えないんですね、カティに」
「……こんなに接点がなかったとは知らなかった」
ギュンターは頭を押さえてぼそぼそとつぶやく。
「カティは勤務中には一切執務室から出てこない。昼休みは最小限の動きで食堂に行くだけだし、勤務が終わったら速やかに帰宅。アフターファイブに飲みに行ったりサロンに出入りするなんてこともない。休日はほぼ実家で家族との時間を最重要視している」
「完璧にカティの動きを把握していらっしゃる」
「真面目ないい子なんだ。模範すぎて涙が出る。……だが」
ギュンターはそこにカテリナがいるように三白眼でにらむ。
「精霊との約束だった最後のダンスを踊ったんだ。お忍びどころか仲睦まじく公式に二人で一緒に出かけて、何だったら泊まりもして、しかるべき時に結婚する仲のはずだ。久しぶりに会ったと思ったら、「父が残業続きだから早く帰ってスープを作ってあげないと」は無いぞ」
「ゲシヒト総帥は無人島に漂着しても、手斧一つで無事生還した人ですからね」
マリアンヌは一応兄に同意してから、そろりと言い返した。
「ただ、カティは一般的なヴァイスラント国民よりだいぶ奥手で純粋でしょう? そういう少女だから惹かれたのだと、兄上だってわかっていらっしゃるはず」
「……まあそれを言われると痛いんだが」
アリーシャ嬢やローリー夫人のような社交的で手慣れた女性たちだったら、今のような悩みはなかっただろうとギュンターも思う。けれど今となってはカテリナ以外を選ぶなど考えもつかないわけで、だからこそ早くカテリナを捕まえてしまいたいのだが、ここのところすれ違ってばかりなのだった。
「また私の座っているここに異動させれば手っ取り早いですが」
「それは二度としない」
「あら」
マリアンヌが意外そうに眉を上げると、ギュンターはむくれたように、とはいえ固い意志をもって告げた。
「俺はカティを部下にしたいわけじゃない。伴侶にしたいから、距離を守ってるだけだ」
椅子から立ち、窓辺でたそがれた兄の背中を見て、マリアンヌは苦笑する。
「強がりはほどほどに。恋をしたら、誰だってルール違反ばかりするものですよ」
ギュンターは妹の言葉を耳に痛く聞きながら、たぶん今日も澄んだ大きな目をした少女の姿ばかり探しているのだろうなと思ったのだった。
ぱたぱたと聞き覚えのある足音を聞いて、ギュンターは自然と心が弾むのを感じていた。
「遅くなりました!」
ギュンターの執務室の扉を勢いよく開いて、カテリナは息せき切って飛び込んできた。
カテリナの手には旅行鞄、頭には子どもが夏休みに被るような麦わら帽、ただその格好は白いワンピース姿だった。ギュンターは露わになったカテリナの足に喜ぶのは止められなかったが、表向きは不機嫌そうな顔を作る。
「確かに遅かったな」
「上官と室長と執事と父と家のみんなに許可を取っていたので」
「まったくお忍びになってないが、まあいいだろう。あと、まずはこれを着ること」
ギュンターはここまでカテリナがその白い足を人目にさらしてきたことを許せないと思いながらも、ひとまず彼女にマントを着せかけてそれ以上の露出を防いだ。
夏もじきに終わり、大きな祭りも大方終わっているが、カテリナとギュンターにはまだ消化していない夏休みがある。ギュンターはカテリナに手紙を送って、その休みを一緒に取らないかと誘ったのだった。
同じ王城で働いているのに通信手段は手紙、しかもカテリナの側は全然忍んでいないお忍びだが、とりあえず二人で新しい海辺のリゾートに泊りがけ旅行をすることになっている。
「陛下、怒っていらっしゃいますか?」
カテリナはその素直さと一緒に持っている繊細さでギュンターの表情を見て取って、申し訳なさそうに問いかけた。
ギュンターはカテリナに会ったら山ほど言いたい文句があった。父を始めとした家族に比べて自分の扱いときたらどうだ、君は国王の想い人としての自覚はあるのか、そんな無防備な短いスカートで走ってきて、俺にどうしろと言うんだ、などなど。
「馬鹿、うれしいだけだ」
ギュンターは目を逸らして早口に言うと、ほら、と手を差し出した。不思議そうにその手を見たカテリナに、ギュンターは急かす。
「手を貸せ。それから、今後俺のことはギュンターと呼ぶように」
まばたきをしたカテリナの手をつかんで、ギュンターはもう片方の手で荷物を奪った。
じわじわと赤くなるカテリナを横目で見て、ギュンターはふと考える。
「……さて、どこまでしていいんだ」
思わず願望を口にしてしまって、カテリナに聞きとがめられる前に歩き始める。
頭の中を巡る欲望は星の数ほどあるが、たぶん今回の旅行で叶うのはほんの一部だろう。ギュンターにはそれだけは確信があるが、ふいに星が降る日があるように、ヴァイスラントではいつ運命が動き出すかはわからない。
それは星のまたたく夜に二人で出かけた、そんな日常のひとときだった。