志岐さんと夏目くん
「八十年もあるなら、全然 焦る必要はないね」
「そ。 俺たちは俺たちのペースで のんびり進んでいけばいい。 お互い自然に付き合っていけるっていうのが一番だから」
「うん」
手を繋いで、夏目くんの隣に並ぶ。
躊躇いも恥ずかしさも、緊張もない。
「彼女のフリ」で手を繋いだ時も、そういうのは全然感じなかったけど。
でも、あの時よりも もっともっと自然だった。
お互いに言葉がなくてもいい。
ただ黙って歩くだけでもいい。
それすらも、幸せだ。
「夏目くん」
「うん?」
「好きになってくれて、ありがとう」
「……うん。 俺もありがとう」
短い短いやり取りの中で、私たちは目を合わせて微笑んだ。
夏目くんの「彼女のフリ」をした あの日が、
平凡な私の人生を変えた 第一歩。
そして今日。
今日が私の、
夏目くんの「彼女」としての、第一歩。
END