志岐さんと夏目くん
あの日のことを気楽に話すのは難しい。
それは私にも理解が出来ることだ。
「……手を繋ぎながらカラオケ店に向かった時は、まだ嬉しさの方が勝ってたかな。 アイツらの馬鹿みたいな態度は全然どうでもよくて、志岐さんと手を繋げたっていうのが ただただ嬉しかった。 気持ちがだだ漏れにならないように、実はメチャクチャ頑張ってたんだよ」
「……普通に見えたけど、実際は違ったんだね。 私、本当に全然気づかなかった……」
「ちゃんと普通に見えてたのならよかった。 小日向の馬鹿っぽい顔を思い浮かべながら歩いてた甲斐があったよ」
その言葉に、お互いが笑う。
けれどすぐ……カラオケ店に入ってからのことを思い出して、二人とも無言になった。
穏やかな青い空を見つめながら、夏目くんが息を吐き出す。
そのあと、ポンポン、と私の頭を優しく叩いた。
「……俺は全然、言われっぱなしでもよかったんだよ。 むしろアイツらの本音が聞けてよかったって思ってたし。 だから志岐さんにキスされた時は、凄くビックリして……でも嬉しいって気持ちは一ミリもなくて、ただただ後悔した。 志岐さんを傷つけてしまった自分が情けなかったんだ」