君に捧げる一途な愛
あの時は逃げ場がなかったというか行く以外の選択肢がなかった。
もし、次があったとして私はどう対応していいか分からない。
半日、一緒に過ごしただけで小笠原課長のことばかり考えている自分がいた。
これ以上、距離が近くなると好きという感情が抑えられなくなりそうで怖い。
本当に多くは望まない。
遠くから見ているだけで十分なんだ。
「それにしても、このバーは雰囲気いいよね」
私はわざと明るい声で話題を変えた。
「でしょ。静かにお酒を飲めるお店がないかお兄ちゃんに聞いたら、ここを教えてくれたんだ」
「センスいいよね、由香のお兄ちゃん」
「そうだね。それは認めるわ」
そう言って由香はトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼを食べる。
「あっ、このフルーツトマト美味しいわ。志乃も食べてみて」
小皿に取り分け、カプレーゼを口に運ぶ。
「ホントだ。甘味と酸味のバランスがいいね」
「お酒も食べ物も美味しいって最高のバーだね」
由香の声が思いの外、大きかったみたいで、男性客と話していたオーナーの耳にも届いたみたいだ。
「そう言っていただけて光栄です」
オーナーはこちらに向かって微笑んだ。
目尻のシワもセクシーで、色気がありすぎる。
若い頃は絶対にモテただろうなというのがうかがえた。
「私さぁ、九条さんと付き合おうかと思っているんだ」
「えっ、そうなの?」
突然の由香の言葉に目を見開いた。
海外事業部勤務の五歳年上の九条響さん、秘書課の先輩の紹介で知り合ったらしい。
何度か食事に誘われていたという話は聞いていた。