祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 しばらく前から、『レイシアで死体が盗まれ、盗まれた死体が夜中に動き回っている』という噂がトーラで広がっていた。
 ナーザの兄の手紙より、噂は深刻だった。
 『動く死体が生きている者を殺して、それがまた動く死体になる』
 『レイシアに知り合いがいて様子を見に行った者がいたが、帰って来なかった』
 それで、レイシアの村人はみんな死体になってしまったんじゃないかと、トーラでは囁かれた。町の顔役が相談して、『歌うフクロウ』にレイシアの調査を依頼することになって……。
 そんな中、今朝、ユーリーの鏡に現れたのと同じ文言が、トーラの町中の古い鏡に浮かび上がった。
 噂は本当だったのだ。何か、恐ろしい、悪い魔法が働いている。そして、あの雷帝までが甦る。レイシアからトーラまでなんて、すぐだ……。
 みな町を逃げ出した。トーラに残ったのは『歌うフクロウ』のメンバーだけ。
 『青鷺の宿』の戦士のことを知っている者はいなかった。ハザンは目立つことなく、手筈通りに魔法使いと落ち合い、レイシアに向かったのだろう。
「ユーリーの鏡が特別じゃなかったのね」
 隣を走る馬から、リシュナの声がした。袋から顔を半分覗かせている。
「リシュナ、危ないから、袋に入ってて」
 ナーザが言ったが、リシュナは顔を引っ込めない。
「王様を、何としても引きずりだすつもりなんだわ」
 トーラの住人──いや、もしかしたら国民すべてに雷帝復活を知らせ、王が逃げられないようにする。もし逃げたら、二度と玉座に戻れないように。
 シルフィスは、きっ、と唇をかんだ。
「そんなことをしなくても、彼女は逃げない」
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