祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 いつしか街道に人が途絶えた。トーラに着いたとき、既に日は暮れていた。
 町に残っているはずの『歌うフクロウ』のメンバーの姿はなかった。
 何かの事情で逃げることを諦めた人々が、広場の階段に腰かけたり、家の窓からぼんやり外を眺めていたりしていた。彼らに尋ねて、『歌うフクロウ』のメンバーが全員でレイシアに向かったことがわかった。
 レイシアで何が起きているのかを探るためか、レイシアに送り出した仲間の安否を気遣ってか。……その両方か。
 残っていたひとりの女が、シルフィスの求めに応じてレイシアまでの地図を描いてくれた。
 馬なら夜明け前にレイシアに着けるだろう、と女は言った。
 替え馬を見つけるのに多少手間取った。町から逃げ出すのに、馬を使わない手はないから。
 だが、大きな館の厩に、繋がれたままになっている馬が何頭かいた。残されるだけあって駿馬とはいかなかったが、駄馬と言うほどでもない。
 なるべく元気な馬を選び、近くにあった水と飼い葉をくれてやる。
 月が昇っていた。夜道を照らすに十分な大きさだった。
「馬上で睡眠をとる、ってやったことはあるかい」
 ナーザをふり向いて、聞いてみる。答えは予想通り、ううん、だった。
「でも、やるよ。レイシアに着いたあと、寝不足でちゃんと動けねーんじゃ情けないから」
 ナーザの固い笑顔に、笑顔で応える。
 騎乗して前を向いたとき、シルフィスの笑顔は消えていた。たぶん、ナーザも。
「……頼むぞ」
 馬に囁き、はっ、と鋭く拍車を入れた。
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