祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 家々の陰から、突如、それらは現れた。光のない目、開いた口、土色の肌に破れた衣服を吊り下げた──死体の群れ。
 思わず一歩下がっていた。いや、二歩、三歩。それらが手に棒や刃物を掲げてじりじりと近寄ってくるのに合わせるように。
 とっくに間に合わなかったのだ。この村の人たちにとっては。
 後ずさって体勢を整えようとするシルフィスの背中が何かに当たった。
 ナーザだった。棒を呑んだように立ち尽くし、ぼう然と死体が迫ってくるのを見つめている。
「ナーザ」
 シルフィスは鋭く言った。
「突破するぞ」
 死体の群を。
 ぴくり、とナーザの頬が動き、その顔に表情が戻る───動揺と、ためらいが。
 シルフィスは直感した。この少年は人を殺めたことがない。おそらくは、人を傷つけることを嫌悪している。
 ──昔の僕だ。エルラドのような町でなら、それでギルド戦士を名乗ることもできただろうが。
「ナーザ!」
 シルフィスは腹の底からの声を少年に叩きつけた。背中の杖を引き抜き、死体の群れに向かって構える。
「相手は死体だ!」
 もとはこの村の住人でも。老いたものや幼い子どもの姿が混じっていても。
「戦え! これ以上死体を増やすな!」
 失ったものを惜しむ時間があるなら、まだ救えるものを守るために戦え。
 手にした杖が一旋した。
 死体の攻撃は、ただの農民の動きだった。戦闘を生業とするギルド戦士の敵ではなくて、虐殺でもしているかのような嫌な気持ちになる。
 だが、彼らは、倒されても、体の一部を砕かれても、無表情に立ち上がり、体を揺らして襲ってきた。
 これでは埒があかない。
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