祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 シルフィスの厳しい目に気づいたように、ナーザが口を噤んだ。
 視線を落とし、それから、上目遣いにシルフィスを見た。
「ごめん。さっき、すぐ戦えなくて……。俺、母さんの占いを聞いてから、ここに来るまで、ずっといろいろ考えて、ちゃんと覚悟を決めたつもりだったんだけど……」
「それは、次に現れる敵が生きた人間でも倒せるという意味にとっていいのかな」
 冷たく言い放ったシルフィスの言葉に、ナーザはぐっと唇を結ぶ。
「雷撃も、今までは脅しにしか使ったことがないんじゃないのか?」
 山賊たちを追い払ったときのように。
 ナーザの、ぎり、と噛みしめた唇に薄く血が滲んだ。そして、ナーザは口を開く。
「やる。……俺、二度と人殺しなんてしないつもりだったけど、リシュナや、家族や友達を死なせないためだったら、俺……地獄に堕ちる」
 金茶の眼差しは痛いくらい真っ直ぐで。……それが少し危うい。
 シルフィスはナーザに近寄り、ぽん、と肩を叩いた。
「正直を言えば、初陣にしては上出来だった。少なくとも、僕よりは遥かにマシだった」
 驚いた顔で、ナーザはシルフィスを見上げる。
「けどね、敵は君が経験不足だなんてことに、関心はないんだ」
 シルフィスはナーザの目を見つめた。
「僕たちの目的は雷帝復活の阻止。それ以外のことは考えるな」
 鮮やかに青い瞳を見つめ返し、ナーザは頷いた。張りつめた面持ちだが、わずかに力が抜けたのが見て取れた。
 それでいい。悩むのは、運良く生き延びたあとの話だ。
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