祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
キス
 血を吸ったマントをずるりと引き摺って、雷帝は石台を降りた。
 石台の前には満足気な表情を浮かべるネイロフが立っている。
 雷帝はそのネイロフの前に跪いた。
 忠誠を誓うように。
 ナーザが足を踏みしめて立ち上がり、ネイロフと雷帝に向かって雷撃を放った。
 レイシアの村で遭遇した死体の群をズタズタにした、鋭いナイフのかたちで。
 だが、上から攻撃したときと同様、魔法障壁に柔らかく阻まれる。
 そのとき、魔法障壁が攻撃を受け止めたことに気づいたネイロフが、シルフィスたちのいる方へと顔を向けた。
 ナーザが、もう一度、雷球を弾けさせる。それも魔法障壁を輝かせただけで終わり、ネイロフは魔法障壁の向こう側で、ほう、というように小さく笑みを浮かべた。
「今の世にも雷撃の異能者がいるか」
 シルフィスは杖を構えた。同時にネイロフが自分たちを指差し、雷帝がこちらに顔を向けた。
 いきなりシルフィスは突き飛ばされた。
 突き飛ばしたのは、ナーザ。
 次の瞬間、烈しい音とともに白い閃光が網膜を焼いた。強い衝撃が床を大きく揺らし、バランスを失ったシルフィスの体は床に転がる。
 受け身が取れず、全身をしたたか打った。杖が手を離れた。
 すぐには立ち上がれなかった。目も開けられない。
 蘇った雷帝の攻撃を受けたのだとは理解できた。攻撃を察知したナーザが自分を助けたことも。
 無理やり薄く目を開けると、床の石が割れて断面が黒く焦げていた。顔を上げると、細い視界の中に、ネイロフと彼に従う雷帝の後ろ姿が見えた。
 ネイロフの手には黒い書物───『黒白の書』。進む方には扉がある。
 扉がゆっくりと開き、ネイロフと雷帝が扉の向こうの闇に消えた。
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