祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「……王様……?」
「そうだ」
 すぐに前方に視線を戻した女から、あっさりと答えが返る。
 混乱した。
「なんで、ここに……?」
 こんなところに王様が。
「なぜ、とは?」
「だって……王都からここまで……」
 ああ、と笑った気配がした。
「空文のことを言っているのか? 王都からここまで馬でたっぷり三日はかかる。なのに、空文が降ってたった一日でなぜここに来ることができたのか──そういう意味か」
 ナーザは頷いた。頷いても、前を向いている王からは見えないことは意識の外で。
「夢見が雷帝復活を予言したあと、ギルドに調査を依頼しただけで、王は城で寛いでいると思っていたのか? ──だとしたら、心外だな」
 笑いを含んでいた声が、そこで厳しいものに変わる。
「あらゆる文献を調べ、情報を集め、万一雷帝が復活したときに備えて軍を整えた。何か起こるとすればレイシアだろうと予測したが、エルラドの可能性を捨てるわけにもいかず、両者の中間に陣を布いていた。そのため、空文を見てすぐ出陣したものの、到着まで丸一日かかってしまった。──すまぬ」
 何と言っていいかわからなくて、ナーザは黙って王様につかまっていた。
 ここに王様が現れるなんて、本当に思ってもいなかった。意外過ぎて、頭がうまく回らない。目の前に揺れる漆黒の髪を見つめて、シルフィスと同じ色だ、なんてポカンとしたことを考えていた。
 でも……。
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