祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 光の霧から差し伸べられた白い手。少年の手に触れ合うかと思えたその指先が、さら、と崩れた。
 砂のようにさらさらと、ガラスのように虹色に光りながら。
「リシュナ?」
 ゆっくりと崩れていく、リシュナ。指先から、髪から。
「リシュナ!」
 駆け寄ろうとしたナーザを、シルフィスは後ろから羽交い絞めにした。魔力の満ちた空間に無関係な者が入るのは極めて危険だ。
 消えていく指に目をやって、リシュナは一瞬その瞳に切ない色を浮かべた。が、すぐ、微笑みがそれに替わる。
「ナーザ……」
 少年の名を呼んだ。その肩が、足が、きらきらと崩れていく。
 そして、顔が。
「いつか生まれ変わって、また……」
 会えたら、という言葉は風になった。
「リシュナ!」
 羽交い締めを振りほどこうともがく少年を、シルフィスは力ずくで押し止める。歯を喰いしばって。
 自分が愚かだった。たとえ、儀式の結末に気づいていたとしても、十五歳の子どもに覚悟などできるはずはなかったのだ。
 愛する者を失う覚悟など。
 もしナーザに雷撃を使われたら、ナーザを引きとめることは不可能だ。だが、ナーザはただ闇雲に消えていく女に手を伸ばす。必死に女の名を呼んで。
 ミルク色の影は光の中で儚く散って、光のカーテンも色褪せるようにして消えた。砂に描いた魔法陣の上にゆるく舞っているのは虹色に煌めく粒子。
 やがて、それすら、消え失せて。
 月光に映し出される、空っぽの魔法陣。
 力の抜けたシルフィスを突き飛ばしてナーザが魔法陣に走った。
 リシュナがいたはずの場所に立ち尽くす。すがるように周りを見ても、金茶の目に求めるものは映らない。
「リシュナ」
 夜の砂浜に、海鳴りを裂くような少年の叫びが響き渡った。
「リシュナああああ!」
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