祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「恩知らずどころか、裏切り者の汚名を厭わず陰働きをしていたとはな。噂だと、『黒白の書』を王に渡してふたたび姿を消したとか。きっとこれからも人知れず陰から王を助けるつもりなんだろうよ。泣かせるじゃねえか」
「いい話だね。心洗われる美談だ」
セリフを棒読みするように言って、シルフィスは男に背を向けた。
「良かったな」
その背に低い声が触れて、シルフィスはふり向く。
男はカウンターの女を見上げながら上機嫌にグラスを傾けていた。シルフィスのことなど、もう眼中にないように。
シルフィスは唇の端をわずか緩めた。苦笑。──ギルドのメンバーは互いの過去に関心を持たないのが流儀のはずなんだけどな。
今のは空耳、ということにして、シルフィスは階段を上った。
ドアをノックして名乗り、
「入れ」
というマスター・クルカムの声を待ってドアを開ける。
テーブルをはさんで、クルカムと客が向かえ合わせに座っていた。部屋の奥側に席を取った客は、濃い緑の長衣を着て、フードを深く被り顔の半分以上を隠している。
クルカムが立ち上がった。客とマスターに挨拶しようとしたシルフィスの肩にいきなり両手を置き、自分が座っていた椅子に座らせる。
年寄りのくせに有無を言わせない力だ。戸惑ってクルカムを見上げるシルフィスは無視して、
「ごゆっくり」
客に一礼して部屋を出て行ってしまった。
「いい話だね。心洗われる美談だ」
セリフを棒読みするように言って、シルフィスは男に背を向けた。
「良かったな」
その背に低い声が触れて、シルフィスはふり向く。
男はカウンターの女を見上げながら上機嫌にグラスを傾けていた。シルフィスのことなど、もう眼中にないように。
シルフィスは唇の端をわずか緩めた。苦笑。──ギルドのメンバーは互いの過去に関心を持たないのが流儀のはずなんだけどな。
今のは空耳、ということにして、シルフィスは階段を上った。
ドアをノックして名乗り、
「入れ」
というマスター・クルカムの声を待ってドアを開ける。
テーブルをはさんで、クルカムと客が向かえ合わせに座っていた。部屋の奥側に席を取った客は、濃い緑の長衣を着て、フードを深く被り顔の半分以上を隠している。
クルカムが立ち上がった。客とマスターに挨拶しようとしたシルフィスの肩にいきなり両手を置き、自分が座っていた椅子に座らせる。
年寄りのくせに有無を言わせない力だ。戸惑ってクルカムを見上げるシルフィスは無視して、
「ごゆっくり」
客に一礼して部屋を出て行ってしまった。