祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
「……いや、僕のことはどうでもいいんだ」
 脱力した体に力を込め、ぱさりと落ちた髪をかき上げて、シルフィスは切り出した。
「とりあえず君の耳に入れたいことがあって、ここに来た」
 ナーザの表情が少し緊張する。シルフィスはそんな少年を安心させるように微笑した。これは、悪い話じゃあない。
「うちのマスターがね、君を『青鷺の宿』のメンバーにスカウトしたいそうだ」
 ナーザの目が大きく開かれる。
「君のことは同業者の間で噂になっているようだよ。ディアナムとともに王を助けた異能の戦士、って。雷撃の異能は極めて稀だから、どこのギルドも欲しがるだろうね。近いうち『青鷺の宿』の誰かが君を訪ねて来ると思うけど、他からも何か話があるかもしれない。スカウトか、レンタルか、仕事の依頼か。──どうかしたのか?」
 ナーザの顔には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。どうかしたのか、と尋ねられて、目を伏せた。
「……でも……俺……」
 不安がシルフィスの胸を掠めた。異能者が精神的なショックをきっかけに異能を失うことは少なくないという。そして、ナーザは十分に辛い思いをした。
「雷撃を、失ったのか?」
 戸惑いの表情は変えず、ナーザは手のひらをシルフィスに向けた。中指から親指に、ぱしっ、と青白い光が走る。
 ほっとした。異能を失くしたわけではないのか。
 でも──では、何を。
< 184 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop