祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
闇の空文が降る
 東の空が白む前に起きて、残しておいた食糧を食べた。
 食事を終えると、シルフィスは竪琴を分解した。
 現れた手裏剣と小刀に、ナーザの目が丸くなる。シルフィスの手元に身を乗り出してきた。たいていの男の子はこういう仕掛けに興味を示す。
 戦わせたくないな、という思いがちらっと胸を掠めた。こんな子どもに。
 だけど、自分もこのくらいの歳にはギルドで戦士を始めていたっけ、と思い直す。
 しょうがない。やると決めてしまったんだから。自分も、彼も。
 両方の手首に革の手甲を巻いて手裏剣を仕込み、小刀を腰に帯びた。長い黒髪を高く括る。戦闘の邪魔にならないように。
 ナーザとリシュナが自分を見ていた。何だか、意表を衝かれたみたいに。
「随分印象が変わるのね」
 そう言ったリシュナに、シルフィスは濃青色の目を細めた。
「もう吟遊詩人のフリをする必要はないからね」
 リシュナが、ふふん、と笑った。
「ここからはギルドの戦士、ってわけ?」
「そうだね。『青鷺の宿』の『風の貴公子』だ」
「『風の貴公子』?」
 頓狂な声でナーザが聞き返してきた。リシュナも目を見開く。
 ナーザがぐいと顔を近づけてきた。金茶の目が輝いている。
「『魔法使い殺し』の?」
 シルフィスは顔をしかめた。
「その通り名は好きじゃないんで、止めてくれるかな」
 やんわり言ったが。
「凄え。俺、そんな凄い戦士と一緒にいたの?」
 どうやら、ナーザは、自分がディアナム・シ・グランガルとわかったときより遥かに感動してくれているようだ。
 まあ、行方不明の王子様よりはギルドの有名戦士の方が、男の子には関心も人気もあるかもしれない。
 なぜだろう、笑いたくなった。気が楽になったような。
 そう、『青鷺の宿』の『風の貴公子シルフィス』。今の僕は、それだ。
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