隣の圏外さん


「じゃー部活行ってくるわ」

「あ、うん。いってらっしゃい。寺元梓はまたサッカー部?」

 大きなスポーツバッグを持っていたので、つい聞いてしまった。

「そ」

 自分から聞いた癖に苦い思い出が顔を覗かし、いたたまれない気持ちになってしまう。


「ってかさ」

 俯いていると上から声が降ってきた。

「この前から思ってたけど、なんでフルネーム呼び?」


「え……」

 顔を上げると目が合った。


「語呂がいい、から?」

 そう返事したけど、本当は違う。昔のように「梓」と気安く呼ぶのは恥ずかしくなったからだ。自分が特別な存在であると勘違いしているみたいで。

 でもそんな本当の話をするわけにもいかない。


「前みたいにさ。普通に梓でいいじゃん」

 小首をかしげる寺元梓を見ていると、細かいことに拘泥しても意味がないようにも思えてくる。

 結局、さして影響のないことをひとりであれこれと考えていただけなのかも。


「わかった。梓」

 確かめるようにそう呟くと、梓は満足したように目を細めた。


「じゃーな」

 梓が教室を出ていく。
 私も部活に向かわないと。

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