隣の圏外さん
なんだか最近、前より梓が優しいような気がする。
いや最近ではなくて、高校生になってからだろうか。
中学生のときも別に優しくなかったわけじゃないけど、学校ではよく喋ったというくらいで、こんな風に自分から進んで勉強を教えてくれるなんてことはなかったはずだ。
「手、止まってる」
梓のことをぼーっと眺めていたら、顔を上げた梓と目が合った。
「はい。すみません」
「ふ、なんで敬語」
梓が小さく息を吐きながら笑った。
「わからなくなっちゃって」
「どこ」
梓が身を乗り出してくる。
梓との距離が近くなると、いつも落ち着かなくなる。
心が浮き立つような、こそばゆいような。
でもそれでいて色めいてしまった自分の心臓の音が煩わしくて、離れてほしいような、やっぱり離れてほしくないような。
梓が不思議そうな顔をしている。
いけない。集中しないと。
平静を装いつつ、自分の問題集の解いている部分を指した。
「これ。たぶん場合分けが必要なんだろうけど、どうすればいいのかわからない」
そう言うと、梓は私に質問を繰り返しながら丁寧に教えてくれた。
ただ単純に説明していくのではなく、思考の仕方を教えようとしてくれているのが伝わってくる。
私が自分の力で解けるようになるために。
「よし、上出来」
答えまでたどり着くと、梓が褒めてくれた。
「わかりやすかった。ありがとう」
「基礎的なことはちゃんと頭に入ってるみたいだし、俺も教えやすい」
梓にそう言われるだけで、崩れ去っていた自尊心が回復していく。嬉しい。