隣の圏外さん
電波強度 -80dBm
花火大会の日は、最寄り駅より少し手前の駅で待ち合わせることになった。
最寄り駅で待ち合わせると、人が多すぎてなかなか会えない可能性があるためだ。
「お、浴衣だ。可愛い」
梓は私のことを見るなりそう褒めてくれて、天にも昇る心地になってしまう。
気合が入りすぎだと思われるかな、と不安に感じていたけれど、やっぱり着てよかった。
とは言え、電車に揺られていると少し冷静になった。
誰が着てもそう言うのだろう、とネガティブな感情に苛まれる。
あまり期待しないようにしないと。そう自分に言い聞かせた。
電車を降りて駅に降り立つと、案の定多くの人でごった返している。
近くにいた集団が脇目も振らず仲間内で騒いでいて、私にぶつかりそうになった瞬間――肩を抱いて引き寄せられた。梓に。
ふわっとシトラスの制汗剤だと思われる香りが鼻孔をくすぐった。
今日も部活へ行ってきたのだろうか。
「ありがとう」
「いえ。どういたしまして」
梓はそう言うと、そのまま肩から手を滑らせ、私の手を握った。
なんで。どうして。
そんな疑問の言葉ばかりが頭の中を占めて、手に負えない感情の波が私を襲う。
きっと、人が多くて離れちゃうといけないから、という理由だろう。
それ以外の理由なんて、ない。