隣の圏外さん


「何か買う?」

 梓が私に声をかけた。


 道路脇には、花火を見に来た人たちを狙った屋台が並んでいる。

「りんご飴、買おうかな」

「わかった」


 梓がりんご飴を売っている屋台まで、私の手を引いていく。

「おじさん。りんご飴を1つ、お願いします」

 梓が代わりに注文してくれた。


 手を離し、財布を取り出そうとしていると、梓がそれを制止する。

「今日はデートだから」

 そう言って屋台の人に小銭を手渡した。


「はい」

 梓がりんご飴を受け取った後、私に渡してくれる。


「あ、ありがとう」

 そして再び手を繋がれた。


 受け取ったりんご飴を齧りながらも、先ほどの言葉を反芻する。

 デート。今日はデート。

 今すぐに辞書を引いてデートの意味を確認したい衝動に駆られる。

 勘違いしてしまいそうで怖い。


 梓も梓だ。

 こんな思わせ振りな態度では、勘違いされたって文句を言えないと思う。


 そう思っていても、どういうつもりか、なんてことを本人には訊けなくて、そのまま黙っているしかないのだけれども。


 少し歩いた先で、今度は梓が螺旋状のポテトの串揚げを買うらしく、私の手を放した。


 ポテトを受け取ると、やっぱりまた手を繋がれる。

 そして私もまたカランコロンと鳴る下駄の足音に耳を傾けた。

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