隣の圏外さん


 終了のアナウンスが聞こえるやいなや、一目散に走り出す人たちが目に入る。


 私たちは、混雑を避けるために1つ隣の駅まで歩くことにした。


「本当に送らなくて大丈夫?」

 梓が私に尋ねてくる。

「うん。家の近くの駅まで親が迎えに来てくれるらしいから」


 ひと駅分歩いたおかげで来た電車に乗ることはできたが、次の駅で人が一気に押し寄せ、車内がぎゅうぎゅう詰めになった。

 梓とくっつくことになってしまって、息が詰まる。


 お互いに何も話さない。


 帰りの電車に揺られていると、もう終わってしまったんだな、ということを実感させられる。


 この手が離れたら、何もなかったみたいに元の状態に戻ってしまうのかな。

 現実感のない1日だったし、夢だったという方がしっくりくるから、きっとそうなのだろう。


「じゃあ」

 乗換駅に降り立つと、どちらからともなく手が離れる。

「うん。また」

 そう言ったまま梓が動かないので不思議に思っていると、遠くの方で音楽が鳴り始めた。

 電車がもうすぐ到着する合図の音楽だ。


「永瀬の方、電車来そうじゃない?」

「あ、うん。それじゃあまたね」


 私は後ろ髪を引かれる思いで、手を振ってその場を後にした。

< 55 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop