隣の圏外さん
そのまま私も常盤君の斜め前に腰を下ろし、持ってきた裁縫道具で衣装作りを始める。
「永瀬さん、大会の練習はいいの?」
途中、常盤君が声をかけてきた。
「いや、それがなかなか読む部分を決められなくて」
「そんなの読みやすそうなところをパッと選んじゃえば終いじゃん」
常盤君は心底不思議そうな顔をしている。
「そうなんだけどさ。できるだけ聞く人にも響きそうなところを選びたくて」
「大会で賞をとることを目指すなら、とっとと決めて練習に移った方が効率的だと思うけど。何を読むかよりも、どう読むかの方が遥かに重要なんだし」
正論だ。
自分でも薄々感じていたことである。
ぐずぐずしている暇があったら練習した方がいい。
「今日帰ったら決めます……」
人に宣言することで逃げ道を無くす作戦だ。
帰宅してすぐに、指定作品の本を開く。
この行為も、もう何度目になるかわからない。
ここにしようかな、と決めてしまおうとする度に、ずっと拭えなかった違和感。
その違和感を唯一払拭する部分。
はっきり言って読みにくい。
苦手なラ行の音が連発している。
でも。
ここに決めよう。
せめてこれだけでも、自分の心に正直に。