隣の圏外さん


「そういえば、さ」

 梓がじっと見つめてくる。


「倫太郎のは、何て書いてあった?」


 ――あ、こんな目を前にも見たことがある。


 直感的にそう思った。

 梓の瞳がゆらゆらと揺れている。


「同じ部活の人だってさ」

 私がそう言うと、梓は横を向いてふーっと息を吐いた。

 そして、再びこちらに視線を戻す。

「並ぶか」

 梓はさっきまで私が並んでいた列の最後尾に足を向けた。


 田中先輩のアナウンスを真に受けたのだろうか。いや、梓がそんなことを気にする理由もないか。


「お疲れ」

 体育座りをしていた常盤君が、私たちを見上げた。

 私たちもそれぞれ「お疲れ」と返して地面に座る。


「一国をも揺るがす色男」

 常盤君がボソッと発したそのひと言に、つい笑ってしまう。

「うるせー」

 梓が常盤君をひじで小突いた。


 その後の走者を見守っている間、常盤君にお題の内容を尋ねられることはなかった。

< 84 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop