その眠りから醒めたとき
「相馬駿太くんが亡くなりました」
県立天野高等学校2年4組の教室に、淡々とした低い声が響いた。その声はいつになく静かな教室に染み付いていくようだった。
いつになく静かな生徒の1人である私、瀬戸加奈子は担任の言葉を夢でも見ているような気分でぼんやりと聞いていた。いや…"ような気分”ではなく、本当に夢なのかもしれない。
私は人生の大半を駿太と一緒に過ごしてきた。駿太も同じく、人生の大半を私と過ごしてきた。だからこの先もこれまでと同じように駿太の隣で生きていくのだ、と信じて疑わなかった。
私は朝から分厚い雲がかかった空を横目に、駿太と過ごしてきた日々を思い出していた。
・
・
私と駿太が出会ったのは、もういつだったか分からない。物心がついたときにはもう既に駿太が隣にいたような気がする。
家が斜めで、近所に年齢が近い子どもがいなかったこともあり、2人で一緒に遊ぶことが多かった。
私たちが一緒にいた理由は、それだけじゃないのかもしれないけれどその理由は私にはまだ分からない。駿太が隣にいないと一生分からないのかも。それどころか、駿太がいない世界で私が生きていけるのかも謎。
「加奈、レシーブ練付き合って」
8歳のとき、駿太はバレーを始めた。レシーブ練やパス、走りに行くときなど、なにかと私を誘った。私にバレーを教えてくれたのも駿太だ。
駿太はちょっと意地悪なところがあったけど、優しくてきらきらしてて眩しい人だった。
太陽みたいな笑顔には嘘がなくて、顔もかっこいい駿太の周りにはいつもたくさんの人で溢れていた。
もちろん駿太のことが好きな女子は腐るほどいる。私もその中の1人だった。駿太のことが胸が焦がれるほど好きだった。いや、今でもだいすきだ。世界でいちばんだいすきだ。
「駿太はさ、その…好きな子とかいるの?」
中2のバレンタインの日の帰り道。先輩、後輩、同学年…たくさんの女子から貰ったチョコレートが入った紙袋を嬉しそうにぶら下げている駿太に勇気をだして聞いてみた。
駿太は数回瞬きをした後にゆっくりと隣を歩く私を見下ろした。クラブチームでバレーを続けていた駿太の身長は175を超えている。
「加奈子気になるの?」
駿太はいつも私のことを「加奈」と呼ぶ。それなのに何故かこのときだけは「加奈子」と呼んだ。
「き、気になる…わけじゃ!ないけど!」
下手くそな嘘をついた。駿太は私の真っ赤な顔をみて吹き出す。
「ははっ!加奈、嘘下手くそすぎ」
「うるさいなぁ。で、いるの?」
「いるよ」
どくん、と普段は聞こえない心臓の音が聞こえた。ゆっくりと視線を駿太の方に向けると夕焼けに照らされた、綺麗な顔と目が合う。その頬は心做しか、夕日のせいか赤い。
相馬駿太に、好きな子が、いる。
ずっと一緒に過ごしてきたのに、私の知らない駿太がいま目の前にいた。
「…誰?」
声が微かに上擦った。
遠くで聞こえる烏の鳴き声。
頬がいつになく熱くて、心臓の音もうるさい。
「………それより…お腹!お腹空かね?」
「は?え、お腹?」
やっと沈黙が破けて、駿太の好きな人の名前が聞けるかと思いきや、まさかのお腹が空いたというどうでもいい報告。
だけど心のどこかで、駿太の好きな人が聞けなくて安心している自分がいるのにも、私は気づいていた。それになんだか駿太らしくて私は声を上げて笑ってしまう。
「はぐらかすなよー」
「はぐらかしてねぇって!…いつかは、ちゃんと言うし」
最後の一言は自分に言い聞かせたようだった。よく分からないけどすごく真剣な表情で言うもんだから、私も思わずかしこまる。
「じゃあ、コンビニ寄って帰ろーよ。私肉まんがいい」
「俺ピザまん」
結局、駿太の好きな人は誰だったのだろう。
なんてことないごく普通の会話。
そんな会話さえも、もう私たちはできないのだろうか。
県立天野高等学校2年4組の教室に、淡々とした低い声が響いた。その声はいつになく静かな教室に染み付いていくようだった。
いつになく静かな生徒の1人である私、瀬戸加奈子は担任の言葉を夢でも見ているような気分でぼんやりと聞いていた。いや…"ような気分”ではなく、本当に夢なのかもしれない。
私は人生の大半を駿太と一緒に過ごしてきた。駿太も同じく、人生の大半を私と過ごしてきた。だからこの先もこれまでと同じように駿太の隣で生きていくのだ、と信じて疑わなかった。
私は朝から分厚い雲がかかった空を横目に、駿太と過ごしてきた日々を思い出していた。
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私と駿太が出会ったのは、もういつだったか分からない。物心がついたときにはもう既に駿太が隣にいたような気がする。
家が斜めで、近所に年齢が近い子どもがいなかったこともあり、2人で一緒に遊ぶことが多かった。
私たちが一緒にいた理由は、それだけじゃないのかもしれないけれどその理由は私にはまだ分からない。駿太が隣にいないと一生分からないのかも。それどころか、駿太がいない世界で私が生きていけるのかも謎。
「加奈、レシーブ練付き合って」
8歳のとき、駿太はバレーを始めた。レシーブ練やパス、走りに行くときなど、なにかと私を誘った。私にバレーを教えてくれたのも駿太だ。
駿太はちょっと意地悪なところがあったけど、優しくてきらきらしてて眩しい人だった。
太陽みたいな笑顔には嘘がなくて、顔もかっこいい駿太の周りにはいつもたくさんの人で溢れていた。
もちろん駿太のことが好きな女子は腐るほどいる。私もその中の1人だった。駿太のことが胸が焦がれるほど好きだった。いや、今でもだいすきだ。世界でいちばんだいすきだ。
「駿太はさ、その…好きな子とかいるの?」
中2のバレンタインの日の帰り道。先輩、後輩、同学年…たくさんの女子から貰ったチョコレートが入った紙袋を嬉しそうにぶら下げている駿太に勇気をだして聞いてみた。
駿太は数回瞬きをした後にゆっくりと隣を歩く私を見下ろした。クラブチームでバレーを続けていた駿太の身長は175を超えている。
「加奈子気になるの?」
駿太はいつも私のことを「加奈」と呼ぶ。それなのに何故かこのときだけは「加奈子」と呼んだ。
「き、気になる…わけじゃ!ないけど!」
下手くそな嘘をついた。駿太は私の真っ赤な顔をみて吹き出す。
「ははっ!加奈、嘘下手くそすぎ」
「うるさいなぁ。で、いるの?」
「いるよ」
どくん、と普段は聞こえない心臓の音が聞こえた。ゆっくりと視線を駿太の方に向けると夕焼けに照らされた、綺麗な顔と目が合う。その頬は心做しか、夕日のせいか赤い。
相馬駿太に、好きな子が、いる。
ずっと一緒に過ごしてきたのに、私の知らない駿太がいま目の前にいた。
「…誰?」
声が微かに上擦った。
遠くで聞こえる烏の鳴き声。
頬がいつになく熱くて、心臓の音もうるさい。
「………それより…お腹!お腹空かね?」
「は?え、お腹?」
やっと沈黙が破けて、駿太の好きな人の名前が聞けるかと思いきや、まさかのお腹が空いたというどうでもいい報告。
だけど心のどこかで、駿太の好きな人が聞けなくて安心している自分がいるのにも、私は気づいていた。それになんだか駿太らしくて私は声を上げて笑ってしまう。
「はぐらかすなよー」
「はぐらかしてねぇって!…いつかは、ちゃんと言うし」
最後の一言は自分に言い聞かせたようだった。よく分からないけどすごく真剣な表情で言うもんだから、私も思わずかしこまる。
「じゃあ、コンビニ寄って帰ろーよ。私肉まんがいい」
「俺ピザまん」
結局、駿太の好きな人は誰だったのだろう。
なんてことないごく普通の会話。
そんな会話さえも、もう私たちはできないのだろうか。