君との恋の物語-Obverse-

2

高校三年生の三学期は、ほとんど学校にいかない。
いわゆる、自宅学習というやつだ。
この時期はさすがに恒星と一緒に勉強することもなく、入試に向けての仕上げの期間に入っていた。
入試に向けて、不安がピークだったのは冬休みまでで、それ以降は大分落ち着いていた。
もちろん、勉強のペースは落としていないし、成績も伸び続けている。
不安がなくなった理由は、このペースで勉強していくことへの慣れと、私の中での精一杯をやり尽くしている実感があったからだと思う。

そうして迎えた、入学試験当日。
私は、とても落ち着いていた。
もう、ここで焦っても成績は伸びないし、ここまでやって受からなかったとしても、もう悔いはないと思っていた。
試験後の手応えとして、とても良かった。
多分、大丈夫だと思う。
そしてこの日、同じように試験を終えた恒星と、久々に電話をする約束をしていた。

『どうだった?』
そうだよね、まずはその話だよね。
「うん、手応えとして、結構よかった。ダメだったとしても、悔いはない。。かな?」
多分
『そっか。それならよかった!俺も、同じような手応えだった。本当、ダメだったとしても、悔いはない。』
そっか
「よかった。」
なんか、言葉に詰まってしまった。久しぶり過ぎて、何話していいか。。
『さぎり。』
え?
「?ん?」
なんだろ改まって。
『会いたい。』
うん。
「私もだよ。」














『あのさ』
「ねぇ」
あ、また同時。
『また同時だったな』
恒星が笑いながら言う。
「うん。いつも通りだね!」

『ごめん、なんか、久しぶりすぎてちょっと緊張してたわ。』
なんだ
「んん、私も。」
恒星も緊張してたんだ。
『久しぶりだもんな。』
「うん、すごく」
『早速で悪いんだけど、買い物に付き合ってくれないかな?』
え?
「いいけど、いつ?」
『んー、なるべく早く。会いたいし』
私も、急だけど
「最短だったら、明日でもいいよ?」
さすがに急すぎる。。かな?
『マジか!空いてるよ!』
おぉ!やったね!
『じゃぁ、明日にしよう!』
そう言って、その日の電話は早々に終わることにした。
二人とも疲れていたし、何より明日会えるなら、無理することないねってなった。
なんか私達、落ち着いてるなぁ。同世代の他のカップルのことはあまり知らないけど、指定校やAO入試で受験して、早々に大学を決めた子達に言わせると、私達は会わなすぎだし、連絡取らなすぎだって。。
でもいいの、私達には私達の付き合い方があって、それが二人の間でちゃんと確認ができてるから。受験を終えていてもいなくても、いつも一緒にいるカップルもいっぱいいる。受験真っただ中の時はすごく羨ましいとも思っていたけど、これまでの付き合い方に疑問を持ったことはないし、後悔もしていない。むしろ流されなくてよかったと思っている。
おかげで今日、試験を終えた達成感を感じられたし、明日から恒星にたくさん会えるから。






待ち合わせの場所には、いつものように恒星が先に来ていた。
私の姿を見つけるとすっと右手をあげてくれた。
なんか。。大人っぽくなったな。。
「おはよ」
『おはよう!急に付き合ってもらって悪いね』
やっぱり。。口調も少し大人っぽい。
「んん、誘ってくれてありがとう」
そう言えば、買い物って
「なにか見たいものがあるの?」
『うん。ちょっと、香水をね』
なんと!意外。。
「へぇ!香水。。」
『意外だった?』
うん。すっごく
「いや、えっと、うん。どうしたの?」
急に
『うーん、これから暖かくなるし、俺は、ちょっと汗をかきやすいからさ。大学生にもなって、スプレーっていうのも嫌だし。。』
スプレー?あぁ、制汗スプレーか。
でも、なんだか急に大人っぽい。。
「なにか、あてはあるの?」
『うん、ブルガリの、オムニアっていうシリーズがあって。それの、ガーネットか、パライバかな。。今のところ』
もう、そんなに絞れてるんだ。でも、だとしたらなんで私は誘われたんだろ?
『初めて買ってつける香水だから、さぎりの意見も聞きたかったんだ。どちらを選んでも、これから、一番その匂いを感じるのはさぎりだから。』
あ、そっか。嬉しいな。
ちゃんと、これからも一緒にいるつもりでいてくれてるんだな。
「そっか。ありがと。」
早速お店に向かった。
すごいな。香水ってこんなに種類あるんだ!
「香水ってこんなに沢山あるんだね!この中からよく二種類にまで絞ったね!」
全部、嗅いだの??
『まぁ、全部嗅いでみた訳じゃないけど、ブランドによって癖みたいなのはあるし、いいなと思う物を見つけたら、それに近いシリーズから更に絞ってみたんだ。』
なるほど。ブランドか。。
っていうか、いつの間にそんなことしてたんだろ。。同じ受験生のはずなんだけど。。
「すごい。詳しいんだね。」
『もともと興味あったからね。さて、どっちがいいだろう?』
オムニアシリーズのボトルは全部同じデザインで、色が違うみたい。
パライバが水色で、ガーネットがオレンジ。
どっちもいい香りだけど、パライバの方がちょっとすっきりしてて、お花の香りと、なんだろ、砂浜っぽいっていうか、なんかすーっと抜ける香りが入ってて、ガーネットの方がお花っぽい香りが強くて、パライバよりは柔らかくて、奥深い感じ。。
どうしよ、本当にどっちもいい香り。。
「すごいね、どっちも本当にいい香り。。」
『でしょ?だから迷うんだよなぁ』
恒星、楽しそうだな。一緒に買いに来てよかった。
「んー、例えば、なんだけど、ガーネットの方が香りが柔らかくて春っぽいから、ひとまずガーネットにして、パライバはすっきりしてるし、、なんかちょっと砂浜っぽい香りがするから、夏になったらパライバに変えてみるとか!二種類持ってたら、気分でも変えられるし」
あ、でも香水って結構いいお値段だよね。。
『確かに!そうだよね!なにも1種類しか持っちゃいけない訳じゃないし!うん、確かにガーネットの方が春っぽいもんな!OK。今日はこれをもらって行こう!』
どうやら予算的には問題ないようです。
なんか本当に楽しそうだ。私も香水買おうかなぁ。。
『ねぇ、さぎり?』
え?
「ん?」
『これ、さぎりに似合うんじゃないかと思うんだよね。』
え?
差し出されたのは、薄い紫色の丸いボトルに、吹き出し口が突き出したタイプのシンプルな物。
プライスカードのところを見ると、商品名はカタカナで書いてあって、かなり長いからいきなり全部は読めなかった。。
せっかくなので、香りは試してみたけど、これがなんともいい香り!
さっきのオムニア二つと比べると、少しさっぱりとしていて、お花の香りと、レモンぽい香り、それと、なんだろ、フルーティな香り。。これは、桃??
全体的に女の子が好きそうな感じっていうか。甘いけど、甘過ぎないし、さっぱりもしてるっていう、とても私好みの香りだった!
「すごい。。いい香り。。私の好みぴったりだね!」
するととっても嬉しそうに笑って
『でしょ!?だと思ったんだよね!』
ありがと。私の香水まで選んでくれたんだね。恒星ってこういう気遣いがすごくできる人。買い物に誘っても、決して自分の用事だけ済ませたりはしないんだ。
「ありがとう!せっかく選んでくれたんだし、私もこれを買うね!」
『いいね!二人とも香水デビューだ!』
あまりにも嬉しそうにニコニコしてるから、私もつられてニコニコした。

せっかく買ったんだしってことで、その後は、早速香水を振ってデートした。
ちなみに、私が買った香水は、ランバンのエクラ・ドゥ・アルページュでした。
すごい名前(°_°)なんでも、光のハーモニーっていう意味なんだとか!
私は、恒星の方の香りを強く感じたかったから、少し軽めに振って(って言っても普通がよくわかってないんだけど笑)みた。


なんか、香りって重要だなって思う。
この、ハーベストっていうショッピングモールは、最初のデートの場所。たまには違うところに行ったりもするけど、学校から近いから基本的にデートはいつもここ。
そんな日常の景色が、感じている香りが違うだけでこんなに違って見えるんだ。
ありがとう、恒星。
私は、また一緒に大人になれた気がして嬉しかった。
それにしても、ガーネットってすごくいい香り。。





お昼を食べて一息ついて、14時過ぎ。
いい加減することもなくなって、どうしようかと言う頃、私はまた恒星を自分の家に誘った。
私の部屋にも、もう何度か来てくれているから最初の頃みたいな緊張はお互いになく、むしろ安らげるようになっていたと思う。
そんな中、恒星はいきなり衝撃的なことを口にした。
『卒業式の次の日から、バイトに出るんだ。』
え。。
「そう、なんだ?」
『うん、どうしても、欲しいものがあって。』
欲しいもの。。?なんだろ?
「そっか。。」
そっか。休みの間もずっと一緒にいられる訳じゃないんだ。。
『でも、バイトばっかりにはしないから!今まで会えなかった分、いっぱい会おう!うまくバランス取るからさ!』
「うん、ありがとう」
恒星は二人のことをすごく考えてくれてる。
ちょっと寂しいけど、その気持ちは大切にしたい。
「恒星。。」
『ん?』
でもやっぱりちょっと寂しいから。。
私のことも大切にしてほしいから。。
















少しの間、二人でぼーっとしてた。
まだ身体も顔も熱い。
けど、外が暗くなってきてる。
『そろそろ、行かなきゃかな』
だよね。でも、もう少し話したい。
「送って行ってもいい?」
少し意外そうな顔
『え?いいけど、どうしたの?』
どうしたのって
「もっと、一緒にいたいから」
優しく笑ってくれた。
『うん、俺もだよ。』
せっかくだから、いつもの公園に行くことにした。
『もう、ここに来る事も少なくなるかな。』
「そうだね。ちょっと寂しいね」
『うん、でも、きっとまた新しい待ち合わせ場所とか、こうやって話す場所ができるよ。それに、ここが立ち入り禁止になる訳じゃないんだから、たまにはここに来よう!』
そっか、そうだよね!
「うん、来ようね!」
今日は金曜日。卒業式は週明けの月曜日だから、もう本当、私達が高校生でいられる時間はあと少しだけ。
ん?そう言えば
「ねぇ、明日と明後日は、忙しい??」
『いや、明後日は卒業式の準備をしたいから、ちょっと忙しいけど、明日は空いてるよ。』
そうなんだ。だったら
「ねぇ、明日も会えない?」
だめ。。かな?
『いいよ!明日は、家に来る?』
恒星の。。部屋?
「いい。。の?」
『いいよ!なにか映画でも観ようよ!』
映画。。いいかも!
「うん!」
『OK!じゃ、10時に、駅前のレンタル屋で待ち合わせしよう』
明日も会えるんだ!よかった。聞いてみるもんだな。
しかも、初めて恒星の部屋に。。
なんかもう、考えただけでのぼせそうだった。
毎日じゃなくてもいいか。きっと今回みたいに二日連続で会える日もあると思うし。
まだまだ春休みは長い。




初めて入る恒星の部屋は、やっぱり恒星の匂いがして、すっごくきれいに整理整頓されていた。
「お邪魔します。」
なんか、緊張する。。
『どうぞ。適当に座って。』
「部屋、きれいだね」
素直な感想。
『そうかな?ありがとう』
。。。どうしよう、急になに話したらいいかわからなくなった。。
『早速だけど、映画観る?』
そうだった。
「う、うん、そうしよう!」
映画は、さっき一緒に選んできた。グレイテストショーマンっていう映画。
最初は、集中して見られるか心配だったんだけど、この映画、すっごく面白かった。
恒星もずっと集中してたみたい。
なんか、この映画の主人公がとにかくすごかった。良いことが起きた時も、悪いことばっかり起きてる時もネガティブなことを一切言わない主人公で、映画を見終えるころには元気が出てくるくらいだった。
俳優さんもすごくかっこよかった。
映画を見終えて、お昼を食べに出た私達は、今後のことについてよく話し合った。
お昼を食べているときも、部屋に帰ってからも。
私は、恒星が始めるなら自分もバイトを始めたいということと、せっかくの春休みだから、なるべく一緒にいたいと正直に言った。
これには恒星も
『俺も同じ気持ちだよ。だから、なるべく休みを合わせたり、バイトに出る時間を合わせるようにしよう』
って言ってくれた。
そういえば。
「恒星は、どこでバイトするの?」
『ん?あぁ、卒業式の次の日から、3日間派遣のバイトに行くことが決まってるだけで、まだメインにするバイトは決めてないんだ』
そうなんだ。なるほど。。派遣か。
「そうなんだ。メインのところは、どうするの?」
『うーん、今のところはホームセンターがいいかなと思ってる。』
ホームセンターってあの
「ハーベストに入ってるとこ?」
『うん、受かればだけど。俺は結構DIYとか興味あるし、工具とかも好きだから。』
なるほど
「確かに、恒星にあってるかもね!受かるといいね。」
『ありがとう!さぎりはどうするんだ?』
うーん、私は
「まだあんまり考えてないんだ。」
バイト始めようと思ったの、昨日だし。
「あ、でも、ファミレスとかいいかもって思ってる。」
『ファミレスか!いいかもね』
あ、よかった。良い反応。
『あぁ、そうだ、それとさ』
「ん?」
『12日だけは、一日空けておいてほしいんだ』
え?あ、そっか
「うん、その日で、ちょうど二年だもんね」
『うん。都内まで、いかない?』
意外。もちろん、どこにだって一緒に行くけど。
「うん、いいよ。」
『もしよかったら、その日の予定は俺に決めさせてくれないかな?』
もちろん、OKです。
恒星がデートプランまで用意してくれるなんて、初めてだな。いや、違う。最初のデートはそうだった!
嬉しい。これまで会えなかった分、きっとこうやって埋め合わせしてくれてるんだな。
私も、なにかしてあげたいな。



中学の時もそうだったけど、高校の卒業式はすごく悲しくなった。
女の子はみんな抱き合って泣いていたし、男の子も、結構泣いてた。先生も。
あんまり感情を表に出さないような友達が号泣しているのを見て、私もとっても切なくていっぱい泣いた。
みんなありがとう。絶対忘れないからね。

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