生まれ変わったら愛されたい〜元引きこもりニートの理想の異世界転生〜
「ミシェル、ハルルの様子はどうだ?」

「僕と離れすぎた時間が幾ばくか存在しました。僕と同じように苦痛を感じていたのならかなりの負担をかけたと思いますよ。それに、いきなり莫大な魔力を与えられたのですから倒れるのも無理もないかと」

ミシェルがハルルを抱き上げて、森の祠から屋敷に帰り着いた時、すでに20時を回っていた。

空には煌々と輝くブルームーン。

そのおかげで森の祠にも光が差し込み、薄紫の夕闇に月が浮かぶ幻想的な雰囲気は、そこを昼とも夜ともわからなくさせていた。

おそらく、15年ぶりに祠に近づいたハルルの時間感覚は曖昧になっていたに違いない。

今夜は、スチュアート家悲願のスーパームーンの夜だ。

神力をもたらすとされる本日限定の”特別な満月"は実に18年ぶりといわれる。

今日は待ちわびた儀式のために、島の空を覆う雲の欠片を全て払いのける必要があった。

そのため、ハルルとハウル、双子兄妹を除く島の全員総出で雲払いの儀式に臨む予定で屋敷をあとにしたのだ。

その一瞬の隙をついてハルルが奪われた。

ハウルの知らせに島民が騒然となったのは言うまでもない。

あの衝撃から半日が過ぎた現在。

なんとかハルルを取り戻したミシェルの帰還に、島民は安堵の笑みを浮かべながら自宅へ戻っていった。

本来ならハルルに真実を告げた後で阿吽の儀式に臨み、島民上げてささやかな祝宴を開いているはずだった。

しかし、突然起こった誘拐事件の後、主役のハルルが倒れているのではそれが叶うはずもなかった。

窓から差し込むいつもよりも数倍明るい月明かりが、ベッドに横たわるハルルを照らしている。

ハルルのブラウンの髪は金色に変化していた。

おそらく、ハルルの虹彩も何らかの変化を起こしているだろう。

ミシェルはハルルの頬をそっと撫でながら愛おしそうに、彼女の額にキスを落としていた。

「悲願の達成前にハルルを奪われて一時はどうなることかと思ったが、なんとか間に合ったようで良かった。ハルトやルグランに”阿吽の儀式"の詳細がバレていなかったことだけが幸いだったな」

そう言って安堵の溜息をつくロゼレムに、ゆっくりと顔を上げたミシェルが不自然に顔を傾けて口角を上げた。

「ええ、誰かさんが王都から余計なものを引き入れる隙を与えたばかりに、僕のハルルがアイツらの手に落ちるところでしたからね」

いつもの黒い微笑みは同じだったが、今日はいつもに増して目が笑っていなかった。

こういう時、ロゼレムは息子ながらミシェルが恐ろしくて堪らず震える羽目になる。

ミシェルが怒ると、その場はブリザードが吹き荒れた後のように凍りつくのだ。

冗談抜きで凍ったことが数回あった。

「わ、悪かった。レザルスも随分年を取ってしまったからな、私達の阿吽の力では何かと限界が来ていたのだよ」

言い訳しながらも心底落ち込むロゼレムを見てミシェルは無言を貫く。

もちろんミシェルとて、ロゼレムとレザルスがわざと気を抜いてハルルを危険に晒したとは思ってはいない。

だが、その結果、大切なハルルを一瞬でも他の男の元に滞在させてしまったことが許せないのだ。

あの古くてカビ臭い別荘で何があったのか、詳細は聞けていない。

ミシェルの知らないうちに、誰かがハルルに触れたなどど考えただけでも何かを破壊したくなる。

ほんの少しぐらい嫌味を言ったところで許されるはずだ、とミシェルは思っている。

あの王都一の魔術士と言われるルグランが、あっさりとハルルをミシェルのもとに返したのには恐らく裏があるだろう。

今後、島にはいつでも侵入できるという余裕がルグランをそうさせたに違いない。

無事に儀式を終えたミシェルとハルルの仲を割くことは、何人たりともできなくなったのだが、奴らがそのことを知るはずもない。

そのうち奇襲をかけてくることは間違いないだろう。

"ハルルをこの手に取り戻せなかったら"

"阿吽の儀式の詳細がバレていたら"

考えれば考えるほど恐ろしい。

こうして無事に儀式を終えた今、やはり天が味方してくれていたのだと、ミシェルは心から神に感謝していた。

「これからはいつでも側にいるよ」

ミシェルは、ハルルと彼女を照らすブルームーンを見ながら、感謝の祝詞を捧げた。
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