その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「それは……。いなくなっちゃうかもしれない、っていう……?」
「そう。愛花は、ずっと残される側だったでしょ? だから……」
お姉ちゃんはそこまで言うと、言葉を詰まらせてむぎゅっと抱きついてきた。
「ほんと、ごめんね」
「お姉ちゃん……」
包丁を慌てて置いて、懐かしい香りに優しく包まれる……はずが。
「……玉ねぎ……」
「ん?」
「お姉ちゃんの手、めちゃめちゃ、玉ねぎの匂い……」
「あ、ひどっ」
「だってほんとだもん。すごいよ」
「……そんなに?」
恐る恐る自分の指先に鼻を近づけたお姉ちゃんは、すぐに顔をしかめた。
ふたりで声を出して笑いあって、再び手を動かし始める。
「でも、……だとしたら、その愛花の不安を解消するのって、難しいよね」
念入りに手を洗ったお姉ちゃんが、今度はパセリのみじん切りに取りかかった。
「心の繋がりだけじゃどうにもならない問題だから、体のほうを繋いでおくしかないというか……」
「体……」
「あっ! 別に、その、変な意味じゃなくてね?」
お姉ちゃんは顔を赤くして、慌てたように付け足した。
「もしもの事態を回避する方法なんて、物理的に……例えば、家から出さないように閉じ込めておくしかないよね? みたいな!」