その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「本当に、そんなことないよ」
「謙遜しちゃって。あとはもう、結婚するだけみたいなもんじゃない」
「……してないもん」
「なにを? 結婚の約束?」
「そうじゃなくて、……」
『体のほうを繋いでおくしかないというか……』
わたしの頭の中を、お姉ちゃんの言葉が通り過ぎていく。
じりじりと頬に熱が集まっていくのをできるだけ気にしないように、わたしはなんとか続けた。
「……おーちゃんと、最後までしたこと、ないから……」
頼りない声は、キッチンに響く物音にすぐにかき消されてしまったけれど。
わたしはそれに、少しだけホッとした。
平然を装い、切り終わったタコをボウルへと移す。
「えっと」
お姉ちゃんは一度思考する素振りを見せてから、
「それは、……その。……変な意味で?」
「……うん」
変な意味、という表現が果たして合っているのかわからないけど……。
お姉ちゃんはどうやら、わたしが思っていたよりもピュアみたいだ。
踏み込んだ話題を振ってしまったことに、早速後悔した。