その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
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夕方の明るい陽光から逃れるように、マトリカリアへと逃げ込む。
エントランスホールは程よく涼しくて、ふう、と脱力した。
襟元をパタつかせれば、滲んでいた汗がひやりとする。
いつもの癖で、考える前に、足は自然と郵便受けの方向へと動いていた。
ポストがずらりと並ぶ、狭い空間。
そこに先客がいるのを見つけ、わたしは足を止めた。
黒いTシャツを纏った、細身のシルエット。
緩くパーマのかかった黒髪から覗く耳元に、シルバーのリングピアスが光っていた。
——ちょうどポストから郵便物を取り出し終え、こちらを振り返ったのは、この間はじめましての挨拶をしたばかりの、七瀬さんだった。
とは言っても、言葉を交わしたのはほとんどおーちゃんで、わたしは顔を合わせた程度だ。
「こんにちは」
なんとなく気まずさを感じながら、ぺこりと頭を下げる。
どーも、と小さく返ってきた挨拶は、素っ気ないものだった。