その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
……やっぱり、おーちゃんが言っていたことは、当たっているのかも。
積極的にご近所付き合いをするタイプには見えないし、あの可愛いクッキーをこの人が選んだとも思えないや。
七瀬さんがポストを閉めて、こちらに歩いてくる。
わたしは、すれ違えるように体を小さくして、通路の端に寄った。
ところが、近づいてきた足音はわたしの目の前で、ピタリと止んだ。
「……名前、愛花だっけ」
少しハスキーな声が、落とされた。
「……へっ?」
突然の問いかけに、素っ頓狂な声が出てしまった。
視線を上げると、七瀬さんの視線は手元の郵便物に落とされたままで、わたしとは交わらない。
……わたしの名前、どうして知ってるんだろう。
自己紹介というほどのことは、しなかったのに……。
僅かに警戒心が生まれた。
けれど、すぐその後に、あのときおーちゃんがわたしの名前を呼んでいたことを思い出した。