その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「実は去年まで、304号室に住んでたので……」
そこまで言って、口をつぐむ。
……しまった。
つい話してしまったけれど、七瀬さんにとっては、いらない情報だったに違いない。
今住んでいる家の前の住人がどんな人だったかなんて、できれば知りたくないよね。
……余計なこと、言っちゃった。
心の中で静かに反省をしながら、ちらりと七瀬さんを伺う。
「……へえ」
視線が交わると、……わたしを見下ろす目が、意地悪く細められた。
「兄妹だと思ってた」
「……」
……え?
「社会人と女子高生が同棲って……なんか、やらしーね」
わたしはポカンと口を開けた。
ふっと、小馬鹿にするような笑いが降ってくる。
七瀬さんは今度こそ、わたしの横をすり抜けて行った。
微かな残り香が、しばらくあたりに漂ってから、空気に溶けて消えていく。
足音が遠ざかるのを、わたしはその場に立ち尽くしたまま、聞いていた。