その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
04.偶然の重なり
玄関の扉をガチャ、と開くと、すぐ隣で、全く同じ音がした。
——げ……。
右手の視界の端に映ったのは、ちょうど304号室から出てくるところだった、七瀬さん。
蒸し暑い空気が漂う廊下へとすでに踏み出してしまっていたわたしは、今更家の中へ戻ることもできず、心の中で頭を抱えた。
……タイミング、わるっ。
支度がはやく終わったからって、余裕を持って出たのが間違いだった。
予定の時間通りに動いていれば、鉢合わずに済んだのに。
挨拶するべきかどうかを迷って、……すぐに、七瀬さんの耳元にイヤホンを見つけて、やめておくことにした。
視線を下へ下へと固定しつつ、扉の鍵を閉める。
恐らくこちらの存在に気づいてはいるだろうけれど……。
わたしはなんとなく気配を消しながら、線の細い背中についていくように歩いた。
七瀬さんがひと足先にエレベーターの前に到着し、立ち止まる。
一方わたしは、エレベーターの手前にある階段を使うことを選んだ。
先日の彼の失礼を、きちんと根に持っているが故の判断だ。
あの狭い空間でふたりきりだなんて、もちろん避けたい。
七瀬さんがエレベーターを待っている間に、さっさと地上へ降りてしまいたくて、足を急がせる。
けれど、最後の1段を降りたとほぼ同時に、——ピンポン、とエレベーターが到着した音が聞こえた。
七瀬さんが出てきて、マンションのロビーを進んでいく。
わたしは諦めて速度を落とし、再び彼の背中を追いかける形になった。