とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
第1話 藤宮グループのお嬢様 3
藤宮グループ──小学生でも知っているような日本が誇る世界的大企業だ。
学生に聞いた就職したい優良企業ランキング五年連続一位を獲得し、平均年収は八百万以上。誰もが望む超ホワイト一流企業。
これが世間様で言われている藤宮グループの一般的イメージだ。
だが、安定企業と言われる藤宮グループには一つ問題があった。世襲制であるにも関わらず現当主に「息子」が一人もいないことだ。
そのため、次期後継者は唯一いる息女に決まっていた。
藤宮家の一人娘、藤宮聖は金持ちを絵に描いたような生粋のお嬢様だった。
有名私立大学に通いながらバイオリンや茶道などの習い事をこなし、自宅では家庭教師を雇って勉強、外に出るときはガードマンが付き、リムジンやベンツに乗って優雅に登場する。
月に一回は両親とともに政治家や企業の有力者と集まってパーティ。キツいドレスに跟が痛くなるハイヒール。慣れた世辞にも返す返事は決まっている。
「聖様、聞いてますか?」
横に座る家庭教師の声で、聖は居眠りしかけた頭を叩きを起こした。
「ええ……」
「ですからここを√x-2……」
だが、家庭教師の話は耳を突き抜けて明後日の方へ行ってしまった。
聖は覚える気なんて更々なかった。勉強は嫌いではないが、この家庭教師が気に食わない。
案の定、勉強の時間が終わると執事長の宮松と父、藤宮正義が深刻な表情で話し合いを始めた。
「最近の聖様はどこか気が抜けていらっしゃるようです。勉強にまったく身が入っていません」
「そう言えば食事中もあまり話をしなくなったな……」
「今度の新人研修会には聖様もご出席なさってご指導しなければならないというのに……今のままでは目標の成績を達成出来ません」
「もっと優秀な家庭教師でも探すか……」
正義と宮松の話をこっそり聴きながら、聖はため息をついて、そして笑った。
この話題が上ることは分かっていたし、新しい家庭教師が来ることも予想していた。むしろ、わざわざそうなるように仕向けたのだ。
聖がやる気をなくせば新しい家庭教師が来る。藤宮家では当たり前になっている行事だ。現に今まで数え切れないほどの家庭教師が入れ替えられた。
家庭教師を探す間、少しの間自由になる。それが目的で、今まで気に入らない家庭教師がクビになるよう敢えてそう仕向けていた。
学習能力のない正義は聖の向学意欲を上げるために選りすぐりの家庭教師を選んでくる。
つまり、この自由時間は絶対だ。自由時間に何をする訳でもなかったが、聖は何もしなくていい時間を求めていた。
────どうせまたクビになるのにね。
今まで家庭教師に選ばれたのは、有名大卒のエリートを極めた者ばかりだった。ついでに言えば正義が代表を務める藤宮コーポレーション本社勤務の人間。正義は敢えてその中から選んでいる。
聖の家庭教師は、募集をかけるといつも凄い勢いで希望者が殺到するのだといつか宮松が言っていた。
家庭教師の選考は現当主である正義が直接行うのだが、選ばれるのは決まって学歴が高く会社での成績が良い者ばかりだ。
社長に選ばれたということは気に入ってもらえたということ。選ばれれば昇進は確実、エリート街道まっしぐら。社員達が躍起になるのも無理はない。
だが、聖はそれが嫌だった。そういうものの考え方が気に入らないし、下心丸出しで教えられているので嫌気が差してくる。
冷たい態度を取っても彼らはしぶとく、よっぽどのことでもされなければ辞めてくれない。
しかしよっぽどのこと、というのは聖にとって案外簡単なことだった。
聖の成績が悪くなれば、正義は簡単に家庭教師のクビを切った。
万に一つも、娘が悪いとは考えない藤宮家至上主義者で、ある意味聖にとって扱いやすい父親だった。
近いうち、また新しい家庭教師が来るのだろう。そしてそれはきっと、またコテコテのガリ勉人間だ。
正義の人を見る眼はまったくもって期待できなかった。温室で育てられた正義は、この家に生まれたせいですべてが学歴、そして家柄だと思っている残念な人間だ。
今度はもっと違う人がいいと期待していたが、あまりにも望み薄だ。
学生に聞いた就職したい優良企業ランキング五年連続一位を獲得し、平均年収は八百万以上。誰もが望む超ホワイト一流企業。
これが世間様で言われている藤宮グループの一般的イメージだ。
だが、安定企業と言われる藤宮グループには一つ問題があった。世襲制であるにも関わらず現当主に「息子」が一人もいないことだ。
そのため、次期後継者は唯一いる息女に決まっていた。
藤宮家の一人娘、藤宮聖は金持ちを絵に描いたような生粋のお嬢様だった。
有名私立大学に通いながらバイオリンや茶道などの習い事をこなし、自宅では家庭教師を雇って勉強、外に出るときはガードマンが付き、リムジンやベンツに乗って優雅に登場する。
月に一回は両親とともに政治家や企業の有力者と集まってパーティ。キツいドレスに跟が痛くなるハイヒール。慣れた世辞にも返す返事は決まっている。
「聖様、聞いてますか?」
横に座る家庭教師の声で、聖は居眠りしかけた頭を叩きを起こした。
「ええ……」
「ですからここを√x-2……」
だが、家庭教師の話は耳を突き抜けて明後日の方へ行ってしまった。
聖は覚える気なんて更々なかった。勉強は嫌いではないが、この家庭教師が気に食わない。
案の定、勉強の時間が終わると執事長の宮松と父、藤宮正義が深刻な表情で話し合いを始めた。
「最近の聖様はどこか気が抜けていらっしゃるようです。勉強にまったく身が入っていません」
「そう言えば食事中もあまり話をしなくなったな……」
「今度の新人研修会には聖様もご出席なさってご指導しなければならないというのに……今のままでは目標の成績を達成出来ません」
「もっと優秀な家庭教師でも探すか……」
正義と宮松の話をこっそり聴きながら、聖はため息をついて、そして笑った。
この話題が上ることは分かっていたし、新しい家庭教師が来ることも予想していた。むしろ、わざわざそうなるように仕向けたのだ。
聖がやる気をなくせば新しい家庭教師が来る。藤宮家では当たり前になっている行事だ。現に今まで数え切れないほどの家庭教師が入れ替えられた。
家庭教師を探す間、少しの間自由になる。それが目的で、今まで気に入らない家庭教師がクビになるよう敢えてそう仕向けていた。
学習能力のない正義は聖の向学意欲を上げるために選りすぐりの家庭教師を選んでくる。
つまり、この自由時間は絶対だ。自由時間に何をする訳でもなかったが、聖は何もしなくていい時間を求めていた。
────どうせまたクビになるのにね。
今まで家庭教師に選ばれたのは、有名大卒のエリートを極めた者ばかりだった。ついでに言えば正義が代表を務める藤宮コーポレーション本社勤務の人間。正義は敢えてその中から選んでいる。
聖の家庭教師は、募集をかけるといつも凄い勢いで希望者が殺到するのだといつか宮松が言っていた。
家庭教師の選考は現当主である正義が直接行うのだが、選ばれるのは決まって学歴が高く会社での成績が良い者ばかりだ。
社長に選ばれたということは気に入ってもらえたということ。選ばれれば昇進は確実、エリート街道まっしぐら。社員達が躍起になるのも無理はない。
だが、聖はそれが嫌だった。そういうものの考え方が気に入らないし、下心丸出しで教えられているので嫌気が差してくる。
冷たい態度を取っても彼らはしぶとく、よっぽどのことでもされなければ辞めてくれない。
しかしよっぽどのこと、というのは聖にとって案外簡単なことだった。
聖の成績が悪くなれば、正義は簡単に家庭教師のクビを切った。
万に一つも、娘が悪いとは考えない藤宮家至上主義者で、ある意味聖にとって扱いやすい父親だった。
近いうち、また新しい家庭教師が来るのだろう。そしてそれはきっと、またコテコテのガリ勉人間だ。
正義の人を見る眼はまったくもって期待できなかった。温室で育てられた正義は、この家に生まれたせいですべてが学歴、そして家柄だと思っている残念な人間だ。
今度はもっと違う人がいいと期待していたが、あまりにも望み薄だ。
< 1 / 96 >