とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 聖が自宅へ戻って一番にすることは、会社の株価チェックや本社から送られてきた今日の業績を確認する作業だ。

 部屋に戻るなりパソコンの電源を入れて、送られてきたメールをチェックする。ざっとそれに目を通して返信した後、ようやく着替えて習い事の準備にかかる。

 まるでサラリーマンのような生活だと、俊介は何度も思っていた。

 今日の予定はこの後一時間だけバイオリンのレッスンをしたあと、待ちに待った本堂との授業がある。

 いつもは乗り気でない習い事も、それがあればまだなんとか正気を保てるのだろう。聖の表情はどことなく嬉しそうに見えた。

 バイオリンの授業が終わると、俊介はコーヒーを部屋へ運んだ。

 聖の表情はバイオリンを弾いていた時とはまるで違う。嬉々として準備をしている姿を見ると、相当に家庭教師との時間を楽しみにしていたのだとわかった。

「今日は何を習うんだ?」

「いつも決まってるわけじゃないの。本堂先生が好きなことを喋るだけ。だから私でも飽きずに聞けるのよ」

「そんなんで授業になるのか?」

「学校でやったことを改めて家でも教わる必要はないでしょう?」

「まあ、そうだよな」

 確かに、わざと成績と落としていた聖が学校で習うレベルの勉強をもう一度復習する必要はない。

 成績が良くないと思っているのは正義と澄子くらいのもので、実際は成績をコントロールくらい聖にはお手の物だった。

 本堂と聖がどんな話をしているか俊介は知らなかった。部屋の外に待機しているが、話まではさすがに聞こえない。

 本堂は少し変わった人間のようだが、賢いことだけは知っていた。俊介も執事として一応家庭教師の応募用紙には目を通している。

 毎度毎度何十人も応募があるわけだが、今回幸運を得たのは学歴もなく良家出身でもない本堂だった。

 選んだのが正義であれば、選ばれることはなかったはずだ。正義は大の学歴主義者だ。聖が学歴なんて興味のない人種であったかからこその幸運だと、本堂は知る由もないだろう。

 なぜ聖は本堂を採用したのだろうか。単純に面白いからという理由かもしれない。少なくとも、今までの瓶底眼鏡よりはまともな会話がしたかったに違いない。

 自分を「藤宮聖」として見ない人間。本堂は確かにそれに当てはまる。

 本堂は常識はずれで今までの人間とは違うと、そう思ったのだろう。
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