とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-

　卒業生達はあちこちで卒業後のことについて話している。

　大多数は就職するが、ほとんど遊びのようなものだろう。彼らは大学が終わってからも悠々自適な生活が待っている。卒業旅行はどこにいこうか、船を貸し切ろうかと話しているのが聞こえてくる。

　聖が歩いていると、前方で溜まっていた女子グループ────同じ学科の一人がニコニコしながら聖に声を掛けた。

「藤宮さん、今度ご一緒にランチでもどう？」

　いきなり誘われたが、聖は突然のことで話の内容が分からない。親しい学友ではなかった。話したことは数回ある程度だ。仕方ないので「どちらに？」と丁寧に返した。

「父が帝国プリンスホテルのコック長と懇意にしているの。卒業式の後、皆で美味しい料理でも食べに行きません？」

　先日創立記念パーティをしたホテルだ。聖はまあ、と笑ったが、心の中では最悪だ、と悪態をついた。

　わざわざ嫌な思い出のある場所には行きたくない。それに美味しいものを食べに行くのではなくて、自慢話をしたくてわざわざそこにしたことは目に見えていた。

「申し訳ないけれど当分会社を手伝わなくてはならないから、しばらくスケジュールに余裕がないの。ごめんなさい」

「聞いたわ、お父様の元で働くのでしょう？　本当、藤宮家は優秀な方ばかりね」

「ありがとう。皆さんで楽しんできて」

　名前もたいして覚えていない同級生の誘いを断って、聖は大ホールへ向かった。

　卒業式の準備はほとんど学園の設営スタッフがしてくれているが、スピーチを読まなくてはならないのでその打ち合わせが必要だ。

　しかし会場の準備はまだ終わっていなかった。壇上では花屋と思しき人が花を活けたり、その脇で毛氈(もうせん)を敷いたり椅子を用意したりとまだ慌ただしく準備している最中だった。

　聖はその中で指揮をとっているスタッフに声を掛けた。

「あの、藤宮です。スピーチの段取りを伺いに来たのですが」

「ああ、藤宮様。申し訳ありません。まだ準備が終わっていないんです。段取りは────」

　スケジュールをまだ覚えていないのか。スタッフはポケットに無造作に突っ込まれた紙を取り出して見始めた。

「ええと、挨拶は予定通りいけば昼過ぎあたりになるかと。名前を呼ばれたら席を立って、こちらに来てください。そのまま原稿を読んでいただいて、向こう側の袖の方に退出をしてください」

「分かりました。原稿チェックは……」

「とんでもない。藤宮様の原稿なんて私が確認するまでもありませんよ」

　────ほらね、やっぱりイエスマン。

　分かりきった返答を返されて、聖はいえいえと謙遜もしなかったが、僅かにため息を漏らした。