とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
何度も応募しては落とされ、それから三年が経った頃。
本堂は昇進こそしていないものの、誰も文句を言えない営業になった。どんな難しい相手でも仕事を取ってきたし、営業成績は
必ず一番を獲った。そうすれば正義の目に止まりやすいからだ。
だが、何度やっても聖の家庭教師にはなれなかった。
受かるのはいつもいい大学を出たお坊ちゃんばかり。学歴優先なら高卒の本堂は落とされて当然だった。
失敗者ばかりが増えて、誰がやっても同じなのではとさえ思った。
その間も相変わらず聖は会社に来ていたが、自分には縁のない場所にいた。
聖を取り囲むのは、いつも顔に笑顔を貼り付けた重役達。分かりやすいゴマの擦り方で聖のご機嫌をとっていた。
遠巻きに見るだけの自分には、馬鹿馬鹿しいやりとりだった。見ていても苛々するだけで、聖がどんな顔かも見ようとはしなかった。
それからしばらくして。その知らせを聞いた時は胸が震えた。心の中大声で叫んだ。
同じフロアの社員達は羨望の眼差しで自分を見たし、同時に悔しがっていた。そして哀れんでいた。
────また、失敗組が増えるな、と。
初めて行った藤宮邸は、見たこともないほど豪華な外観をしていて、その門扉にすら圧倒された。
警備員が立つ家に来たのも初めてだった。身元を確認されて、あれこれ書かされた。藤宮グループの代表取締役が住む家ならば当然なのかもしれない。
噂に名高い藤宮聖。我が儘な、生粋のお嬢様。自分とは何もかもが正反対の女────そんな女を想像した。
だが、ドアを開けて出迎えたのは、想像していたよりも柔らかい笑顔の少女だった。
が、聖はすぐに顔をしかめた。履歴書の写真と違って驚いているのだろう。
本堂の予想では、聖はつまらないものが嫌いだ。
何度も家庭教師を解雇しているが、それは決まって同じような人間ばかりだった。それなのにまた同じような人間が家庭教師になるから、また解雇される。
ならば、そうではない人間になればいい。
そして予想通り、聖は自分を気に入って家庭教師として本採用した。
聖の部屋は思っていたよりもお嬢様風だった。自分の部屋の十倍以上広い部屋には誰と寝るんだという程だだっ広いベッドが置かれ、格調高いヴィクトリア調のソファ、見事な細工のシャンデリア、どこを見ても一級品で固められている。
そんな一級品家具に囲まれた一級品のお嬢様の聖は、思っていたよりも柔らかい性格だった。
我が儘だと聞いていたが、そうではなかった。お嬢様言葉で喋ってはいるが、執事とは普通の言葉で喋っている。自分が普通に喋ると、聖も普通に喋ってくれた。
聖は好奇心旺盛で、相当箱入りに育ったのか色んなことを知りたがった。教えるものにはなんでも興味を持って、自分で調べては楽しそうに語る。
お嬢様育ちなのに庶民的なものが好きで、スーパーに売っているものを知りたがる。これだけ厳重な屋敷にいれば、きっと外に簡単には出られないのだろう。
知っている限りのことを教えると、聖は嬉しそうに聞いていた。
家庭教師を何度も頼むくらいだから相当な馬鹿を想像していたのに、聖は非常に賢かった。聡いと言ったほうがいいかもしれない。
成績はいつも真ん中くらいの順位だと言うが、そんな訳はなかった。
どのレベルの頭を持った人間が大学にいるかは知らないが、それこそ藤宮本社の試験にも一発合格できるぐらいの頭脳は持っていた。
家庭教師を雇うのは、聖にとっては体面的な措置のようだった。
だから普通のことは教えず、聖が求めるような────それこそ会社の裏事情や外のことを教えた。
聖の信用を得て、藤宮の懐に入り込むためには必要なことだ。聖が求めた新しいものを与えて、信用させ、最後は奈落に突き落とす。ここまでくればそれほど難しいことではなかった。
だが聖の専属執事の青葉俊介は、本堂にとってどうにも鬱陶しい相手だった。
最初会った時からそりが合わなさそうだとは思っていた。
真面目な聖の腰巾着は始終聖に張り付いていて、警戒しているのか眉を吊り上げて睨んでくる。お嬢様をたぶらかす危ないやつだと思っているのだろう。なら、せいぜい勘違いすればいいと挑発したら、簡単に乗ってきた。
聖に対し好意を抱いている? そんなわけがない。あるとしたらそれは、復讐の対象者としてだ。聖が喜ぶことを言うのもそのためだ。
聖がトップで卒業できることも分かっていた。だからあんな約束に意味はない。「お前に近づくため」という言葉に嘘はない。勘違いでもなんでもすればいいと思っていた。
そして目論見通り、正義は自分を聖の補佐に選んだ。正義は単純だから、そうするだろうと思っていた。
ややこしい執事がいるのは面倒くさいが仕方ない。だがそれすら利用して、自分の駒として動かせばいい。
聖がどんな人間であろうが、本堂はどうでもよかった。
ただ、復讐が果たせるのなら、誰を傷つけても構わなかった。
本堂は昇進こそしていないものの、誰も文句を言えない営業になった。どんな難しい相手でも仕事を取ってきたし、営業成績は
必ず一番を獲った。そうすれば正義の目に止まりやすいからだ。
だが、何度やっても聖の家庭教師にはなれなかった。
受かるのはいつもいい大学を出たお坊ちゃんばかり。学歴優先なら高卒の本堂は落とされて当然だった。
失敗者ばかりが増えて、誰がやっても同じなのではとさえ思った。
その間も相変わらず聖は会社に来ていたが、自分には縁のない場所にいた。
聖を取り囲むのは、いつも顔に笑顔を貼り付けた重役達。分かりやすいゴマの擦り方で聖のご機嫌をとっていた。
遠巻きに見るだけの自分には、馬鹿馬鹿しいやりとりだった。見ていても苛々するだけで、聖がどんな顔かも見ようとはしなかった。
それからしばらくして。その知らせを聞いた時は胸が震えた。心の中大声で叫んだ。
同じフロアの社員達は羨望の眼差しで自分を見たし、同時に悔しがっていた。そして哀れんでいた。
────また、失敗組が増えるな、と。
初めて行った藤宮邸は、見たこともないほど豪華な外観をしていて、その門扉にすら圧倒された。
警備員が立つ家に来たのも初めてだった。身元を確認されて、あれこれ書かされた。藤宮グループの代表取締役が住む家ならば当然なのかもしれない。
噂に名高い藤宮聖。我が儘な、生粋のお嬢様。自分とは何もかもが正反対の女────そんな女を想像した。
だが、ドアを開けて出迎えたのは、想像していたよりも柔らかい笑顔の少女だった。
が、聖はすぐに顔をしかめた。履歴書の写真と違って驚いているのだろう。
本堂の予想では、聖はつまらないものが嫌いだ。
何度も家庭教師を解雇しているが、それは決まって同じような人間ばかりだった。それなのにまた同じような人間が家庭教師になるから、また解雇される。
ならば、そうではない人間になればいい。
そして予想通り、聖は自分を気に入って家庭教師として本採用した。
聖の部屋は思っていたよりもお嬢様風だった。自分の部屋の十倍以上広い部屋には誰と寝るんだという程だだっ広いベッドが置かれ、格調高いヴィクトリア調のソファ、見事な細工のシャンデリア、どこを見ても一級品で固められている。
そんな一級品家具に囲まれた一級品のお嬢様の聖は、思っていたよりも柔らかい性格だった。
我が儘だと聞いていたが、そうではなかった。お嬢様言葉で喋ってはいるが、執事とは普通の言葉で喋っている。自分が普通に喋ると、聖も普通に喋ってくれた。
聖は好奇心旺盛で、相当箱入りに育ったのか色んなことを知りたがった。教えるものにはなんでも興味を持って、自分で調べては楽しそうに語る。
お嬢様育ちなのに庶民的なものが好きで、スーパーに売っているものを知りたがる。これだけ厳重な屋敷にいれば、きっと外に簡単には出られないのだろう。
知っている限りのことを教えると、聖は嬉しそうに聞いていた。
家庭教師を何度も頼むくらいだから相当な馬鹿を想像していたのに、聖は非常に賢かった。聡いと言ったほうがいいかもしれない。
成績はいつも真ん中くらいの順位だと言うが、そんな訳はなかった。
どのレベルの頭を持った人間が大学にいるかは知らないが、それこそ藤宮本社の試験にも一発合格できるぐらいの頭脳は持っていた。
家庭教師を雇うのは、聖にとっては体面的な措置のようだった。
だから普通のことは教えず、聖が求めるような────それこそ会社の裏事情や外のことを教えた。
聖の信用を得て、藤宮の懐に入り込むためには必要なことだ。聖が求めた新しいものを与えて、信用させ、最後は奈落に突き落とす。ここまでくればそれほど難しいことではなかった。
だが聖の専属執事の青葉俊介は、本堂にとってどうにも鬱陶しい相手だった。
最初会った時からそりが合わなさそうだとは思っていた。
真面目な聖の腰巾着は始終聖に張り付いていて、警戒しているのか眉を吊り上げて睨んでくる。お嬢様をたぶらかす危ないやつだと思っているのだろう。なら、せいぜい勘違いすればいいと挑発したら、簡単に乗ってきた。
聖に対し好意を抱いている? そんなわけがない。あるとしたらそれは、復讐の対象者としてだ。聖が喜ぶことを言うのもそのためだ。
聖がトップで卒業できることも分かっていた。だからあんな約束に意味はない。「お前に近づくため」という言葉に嘘はない。勘違いでもなんでもすればいいと思っていた。
そして目論見通り、正義は自分を聖の補佐に選んだ。正義は単純だから、そうするだろうと思っていた。
ややこしい執事がいるのは面倒くさいが仕方ない。だがそれすら利用して、自分の駒として動かせばいい。
聖がどんな人間であろうが、本堂はどうでもよかった。
ただ、復讐が果たせるのなら、誰を傷つけても構わなかった。