とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 それから数ヶ月かけて、本堂と俊介は各部署を回って資料に書いてあった点を調べ上げた。

 二人は既に社員達に知られていたが、聖自身が調査に来るよりは気安いのか、普段の雰囲気も分かる。質問することに対して、さほど警戒せずに答えてもらえた。

 聖が知りたかったのは会社の内情らしい。

 全社員を把握しようなんてそんな無茶を、あのお嬢様はやってのけようというのか。だが、書いてあるのはそういうことだ。

 仕事ぶりはどうか、その部署での立ち位置、本人の適正、人間関係、成績。

 本堂はまるで探偵にでもなった気分だった。

 本社の人間は三百名以上いる。そんな膨大な数の人間を調べてまとめるのには相当な時間がかかったし、まとめるのも苦労した。

 一つの部署がまとまれば資料にして聖に提出した。それを聖が確認して、また次の部署の資料をまとめて────それの繰り返しだった。



 本堂が執務室を訪れると、聖は不在だった。

 恐らく今頃別のフロアで社員達の視線の的になっている違いない。

 本堂はなんだか気になって下のフロアに探しに行った。階は多いが、調査は提出している資料の順番通りだからだいたい見当はついた。
 
 案の定、そのフロアは聖がいるせいで普段よりもざわついていた。

 ミーティング用のテーブルに着き、話をしているようだ。

 役職者は笑顔を貼り付けてへいこらしてるし、平社員はビクビクしている。一人一人話を聞いているのか、聖は真剣な態度で相手と向き合っていた。

「わざわざこんなところで……もしかして、人事異動とかか?」

「いきなりクビになったりしないよな……?」

「いや、分からないよ。春の人事異動の時だって────」

 近くからそんな会話が聞こえてくる。

 いきなり調査などと言われたらそう思うのも分からなくもない。普通は構えるはずだ。

 質問が終わったのか聖は席を立った。やがて入り口の方に立つ本堂を見つけると、駆け寄ってきた。

「はじめさん、ここに用事?」

「……たまたま見かけただけだ」

「そう、みんな言いたいことはあるんだろうけど、やっぱりなかなか言ってくれないね。補佐なんてやってなかったら良かったんだろうけど……」

「今更だろ」

「そうね、出来ることをしないとね」

 次の部署に向かうのだろう。聖はバインダーを持ってフロアから出ていった。

 聖は忙しそうだが、少しだけ楽しそうに見えた。社員と話せる機会ができて嬉しいのだろうか。

 このまま聖をずっと追いかける訳にもいかない。本堂も秘書室に戻って仕事を進めることにした。
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