とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
第10話 本気の感情
 入社してから随分経った。

 聖は思っていたよりも社会人としての生活を満喫していた。仕事は大変だが、サポートしてくれる俊介と本堂がいるからなんとかやれている。

 あれ以来、社員と少し打ち解けられたように思う。以前より声をかけてくれる社員も増えた。

 突然の人事異動は色々意見が飛び交ったようだが、目的はいくつかあった。

 表には出さなかったが、その最も大きな部分を占めるのが、父、正義が築きあげたエリート帝国を覆すことだった。

 正義の学歴至上主義のために社内は古い風習が根付いていた。しかし、聖はそうは思っていなかった。

 学歴や生まれだけが全てではない。みっともなく身分や地位にしがみ付こうとする人間よりも、努力して結果を出せる人間を応援したいと考えていた。

 それをデータ化してまとめ上げるには途方も無い時間がかかる。自分だけではとても出来なかった。だから、俊介と本堂の力を借りたのだ。

 会社をよくしたい──そう思うのは事実だが、恐らく自分は、彼らを自分に重ねていたのかもしれない。

 黙って耐え忍ぶ姿や、抑圧された姿を、覆そうとした立場というものに縛られ続けている哀れな自分に。

 彼を見ているとまるで自分のように思えてた。だから早く救いたかった。

 救われる人間はいい。自分がどうにか出来ることなら、どうにだってしてやれた。だが、自分はずっとこのままだ。

 たまに思うことがあった。ここを抜け出して、知らない場所で自由に生きたいと。何にも縛られずに、好きなことをして、好きなものを食べて、好きな考え方で生きられる──そんな自由があればいいのに、と。
 
 ない物ねだりと、本堂は笑うかもしれない。だが、ずっと願っていたことだった。

 それこそ白馬に乗った王子様でも現れてどこかへ連れ去ってくれればいいのだが、生憎そんな人は見つからない。自分の元に来るのは、いけ好かない自惚れ屋の成金男ばかりだ。

 もうとっくに諦めていた。

 お金持ちは羨ましいと、誰もが思っているのだろうが、実際はそんなにいいものでもない。

 両親がこだわる血筋や身分、肩書きなんて、自分にとっては至極どうでもいいものばかりだった。そんなもの、会社が消えたらおしまいだ。藤宮グループが消えたら、何も残らない。

 自分はそんなもの信じたくないし、そんなものに頼りたくない。

 だが、恐らく自分にはそれしかない。だからいつまで経っても藤宮の名前に縛られている。

 どれだけ頑張ったところで、皆が言う。「藤宮の後継は立派だ」と。そう言って褒め称えるのだろう。

「藤宮」だから褒められるのならば、自分には──聖には何の価値もないのだろうか? 誰のために行動したところで、人の役に立ったところで、永遠に自分自身は見てもらえない。

 頑張れば頑張るほど孤独は募った。喜んでくれればくれる程辛くなった。どんどん孤立していく心なんて、もうきっと誰にも見えてない。

「優秀な聖」を、「藤宮」を。誰もに求められているのだから。


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