とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
ようやくコンビニから出て、近くの公園のベンチに腰掛けた。
昼時だが、聖がコンビニで長居していたからかいつもいるビジネスマンやOLはすでに会社に戻っているようだ。
隣を向くと、聖が「いただきます」と丁寧に手を合わせていた。
「お嬢様のお口に合うのか?」
コンビニのおにぎりを頬張っている聖は、見ていて違和感がある。
普段見ない姿だからなのか、その横に置いてあるペットボトルのコーラも不似合いだ。聖は恐らく、普段食べないものをと思ってそれらを選んだのだろう。妙な組み合わせでも気にしていないらしい。
「言っておくけど、私味覚は普通なんだから」
「コンビニがそんなに面白かったのか?」
「あんまり行けるところじゃないからね。両親にバレたら怒られると思うし」
「コンビニぐらいでか?」
「両親を……家や会社を見ていれば分かるでしょう? いい大学を出たエリートばかりを集めて会社をブランド化したいのよ。藤宮の名に恥じぬよう、藤宮家の品位を──そればかり」
聖は呆れたように肩を落とした。
聖が言うことは、思い当たる節があるどころの話ではなかった。
現に本堂も、成績が優秀だからこそ入社できたが、聖の家庭教師の選考には何度となく落ちていた。社内には素晴らしい経歴の人間ばかりいて、最初は高卒だと馬鹿にされた。
家も会社も一流で固めるあの正義らしいやり方だ。
「だからはじめさんの存在はすごく希少なの。風雲児で風来坊ってところかな?」
「随分買ってくれてるんだな」
「だって、はじめさんは あの中で唯一私に本気の感情を向けてくれる人だからね」
「本気の感情……?」
聖の瞳は悲しんだように、でも笑ってもいた。
どちらともつかない表情に本堂は困惑した。その目がまるで自分の心の奥を見透かしているようで、謀がバレているのではと、ふと危機感を覚えた。
固まっていると、茶化すように聖はくすくすと笑った。
「だって、私のこと呼び捨てにするしちっとも敬う態度じゃないんだもの。希少でしょ?」
そう言われて少しホッとした。バレているわけがない。青葉にだって知られていないのだから。
だが、先ほど見せた聖の表情がいつまでも頭に残って消えなかった。
聖はコンビニと同じように、嬉しそうにそこにある景色を眺めていた。
小さな噴水の周りには鳩がいて、弁当を食べている自分達の周りに寄ってくる。
そんな景色を見て、聖は「綺麗ね」と言った。本堂は「普通だろ」と返した。すると、聖が「そうね」と言って、少し視線を暗くした。
本堂にとってはこんな景色真新しさも何もない。いつも見ている当たり前の風景だ。だが、聖にとってはそうじゃないのだと思った。
鳥の鳴き声や、車のエンジン音すら魅力的に感じるのかもしれない。
ふと、視線の先にホームレスの男性が歩いていた。聖もその存在に気がついたのか、同じ方向を見ていた。本堂は確かめるように、聖に質問を投げかけた。
「お優しいお嬢様は、ああいう奴らを助けてやろうとは思わねえのか?」
聖に本心を知られないよう、いつもの調子でからかうように尋ねた。聖がどう思っているのかが知りたかった。「優しい聖」なら、彼らを助けようとするかもしれないと思った。偽善的な発言を期待していた。
「私が今彼に施しをしても、何の解決にもならないわ。優しさが人を救うとは限らないでしょう」
「どうしてそう思う?」
「彼らは必ずしも望まずしてああしているわけじゃないから。そうしたいからあの生活をしている人もいる。ここで私が助けても、それはただのお節介で、偽善よ」
「金がありゃああいつらだってまともな生活が送れてもか?」
「それは他人の価値観よ。人が勝手に判断していいことじゃない。お金は人を堕落させる。それに負けない人じゃないと……支配されるだけよ」
聖の瞳は厳しかった。とても二十二歳とは思えないほど世間の苦渋を舐めたような返答に、本堂は自分の方が返答に困ってしまった。
思っていた答えとは違った。だが、どこか安心している自分がいた。
「はじめさんは私にあの人を助けて欲しかったの?」
「いや? どうするかと思っただけだ」
「優しいお嬢様じゃなくてごめんね」
本堂は心の中で「いいや」と答えた。
優しいことには違いない。だが、聖は現実を見ている。自分の価値観を押し付けたりはしない。
ああいう生活をしている人間の全てが、家を追われて会社から無能宣告を受けたわけではないことくらい本堂も知っていた。中には人との関わりを断ちたくて自らその生活をしている人間だっている。
だから、こちらが勝手に判断するのはそれこそ偽善だ。
聖は知らないだろうと思っていた。自分の足元のことなんて、何も気づいていないのだと。その考えは先日否定されたばかりなのに、まるで粗探しをしているようだ。
少しでも嫌いになりたくてあれこれ探すのに、聖はその期待を全て裏切ってしまう。知れば知るほど引き込まれて、ちっとも思い通りにならなくて苛々した。
蹴落としたくて嫌いになりたいのに、話せば話すほど、そんな聖を尊敬する自分がいた。七歳も年下なのに、考え方は大人びていてそんなふうに思わせない。
自分を失望させる質問を考えても考えても、聖はそれを覆した。
昼時だが、聖がコンビニで長居していたからかいつもいるビジネスマンやOLはすでに会社に戻っているようだ。
隣を向くと、聖が「いただきます」と丁寧に手を合わせていた。
「お嬢様のお口に合うのか?」
コンビニのおにぎりを頬張っている聖は、見ていて違和感がある。
普段見ない姿だからなのか、その横に置いてあるペットボトルのコーラも不似合いだ。聖は恐らく、普段食べないものをと思ってそれらを選んだのだろう。妙な組み合わせでも気にしていないらしい。
「言っておくけど、私味覚は普通なんだから」
「コンビニがそんなに面白かったのか?」
「あんまり行けるところじゃないからね。両親にバレたら怒られると思うし」
「コンビニぐらいでか?」
「両親を……家や会社を見ていれば分かるでしょう? いい大学を出たエリートばかりを集めて会社をブランド化したいのよ。藤宮の名に恥じぬよう、藤宮家の品位を──そればかり」
聖は呆れたように肩を落とした。
聖が言うことは、思い当たる節があるどころの話ではなかった。
現に本堂も、成績が優秀だからこそ入社できたが、聖の家庭教師の選考には何度となく落ちていた。社内には素晴らしい経歴の人間ばかりいて、最初は高卒だと馬鹿にされた。
家も会社も一流で固めるあの正義らしいやり方だ。
「だからはじめさんの存在はすごく希少なの。風雲児で風来坊ってところかな?」
「随分買ってくれてるんだな」
「だって、はじめさんは あの中で唯一私に本気の感情を向けてくれる人だからね」
「本気の感情……?」
聖の瞳は悲しんだように、でも笑ってもいた。
どちらともつかない表情に本堂は困惑した。その目がまるで自分の心の奥を見透かしているようで、謀がバレているのではと、ふと危機感を覚えた。
固まっていると、茶化すように聖はくすくすと笑った。
「だって、私のこと呼び捨てにするしちっとも敬う態度じゃないんだもの。希少でしょ?」
そう言われて少しホッとした。バレているわけがない。青葉にだって知られていないのだから。
だが、先ほど見せた聖の表情がいつまでも頭に残って消えなかった。
聖はコンビニと同じように、嬉しそうにそこにある景色を眺めていた。
小さな噴水の周りには鳩がいて、弁当を食べている自分達の周りに寄ってくる。
そんな景色を見て、聖は「綺麗ね」と言った。本堂は「普通だろ」と返した。すると、聖が「そうね」と言って、少し視線を暗くした。
本堂にとってはこんな景色真新しさも何もない。いつも見ている当たり前の風景だ。だが、聖にとってはそうじゃないのだと思った。
鳥の鳴き声や、車のエンジン音すら魅力的に感じるのかもしれない。
ふと、視線の先にホームレスの男性が歩いていた。聖もその存在に気がついたのか、同じ方向を見ていた。本堂は確かめるように、聖に質問を投げかけた。
「お優しいお嬢様は、ああいう奴らを助けてやろうとは思わねえのか?」
聖に本心を知られないよう、いつもの調子でからかうように尋ねた。聖がどう思っているのかが知りたかった。「優しい聖」なら、彼らを助けようとするかもしれないと思った。偽善的な発言を期待していた。
「私が今彼に施しをしても、何の解決にもならないわ。優しさが人を救うとは限らないでしょう」
「どうしてそう思う?」
「彼らは必ずしも望まずしてああしているわけじゃないから。そうしたいからあの生活をしている人もいる。ここで私が助けても、それはただのお節介で、偽善よ」
「金がありゃああいつらだってまともな生活が送れてもか?」
「それは他人の価値観よ。人が勝手に判断していいことじゃない。お金は人を堕落させる。それに負けない人じゃないと……支配されるだけよ」
聖の瞳は厳しかった。とても二十二歳とは思えないほど世間の苦渋を舐めたような返答に、本堂は自分の方が返答に困ってしまった。
思っていた答えとは違った。だが、どこか安心している自分がいた。
「はじめさんは私にあの人を助けて欲しかったの?」
「いや? どうするかと思っただけだ」
「優しいお嬢様じゃなくてごめんね」
本堂は心の中で「いいや」と答えた。
優しいことには違いない。だが、聖は現実を見ている。自分の価値観を押し付けたりはしない。
ああいう生活をしている人間の全てが、家を追われて会社から無能宣告を受けたわけではないことくらい本堂も知っていた。中には人との関わりを断ちたくて自らその生活をしている人間だっている。
だから、こちらが勝手に判断するのはそれこそ偽善だ。
聖は知らないだろうと思っていた。自分の足元のことなんて、何も気づいていないのだと。その考えは先日否定されたばかりなのに、まるで粗探しをしているようだ。
少しでも嫌いになりたくてあれこれ探すのに、聖はその期待を全て裏切ってしまう。知れば知るほど引き込まれて、ちっとも思い通りにならなくて苛々した。
蹴落としたくて嫌いになりたいのに、話せば話すほど、そんな聖を尊敬する自分がいた。七歳も年下なのに、考え方は大人びていてそんなふうに思わせない。
自分を失望させる質問を考えても考えても、聖はそれを覆した。