とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 こんな場所にはきっと何度も来られない。そう思って、聖は目に焼き付けるくらい周りの景色を眺めた。

 初めて行くコンビニも、この公園も。今はまだ大丈夫だろうが、そのうちきっと──。

 本堂は型破りな性格だ。規則や年功序列、身分にもとらわれない。彼でなければ、恐らくこんな場所に連れてきてもらえなかったに違いない。

 コンビニをまじまじと見ている女なんて一緒にいて恥ずかしいのだろうが、自分にとっては大事なことだから、と心の中で少しだけ謝った。

 本堂と歩く世界は見たこともない物だらけで、少し不安に思うこともあるが、それでも楽しいと思えた。

 お礼を言っても、本堂は恐らく「別に大したことじゃねえ」と返すだろう。伝わらないかもしれないが、本当に楽しいと感じていた。

 本堂が期待しているように、全ての人に優しくあるように、などといった教育は受けていない。いつだって藤宮の名にふさわしい行動を心がけてきた。姿勢や言葉遣い、行動、なにもかも。

 だが、今日は違う。本堂といると少しだけ、自分も型破りになれた。

 頭でっかちな自分がいつも以上に行動力を発揮するには、本堂のような人間が必要なのだろう。

 まるで嵐のような人だ────。彼を見て、そう思った。

 それは自分が待ち望んでいたものなのかもしれない。この綺麗に整えられた庭を掻き乱す、荒々しい風だ。

 最初から気付いていたのだ。射すくめるような鋭い視線は、本堂の目は、まっすぐに自分を見つめていた。

 それはいつものあの視線ではない。へいこらして笑顔を貼り付けたあの顔ではない。

 本堂はそんな態度を一つも見せず、平気で自分を呼び捨てにした。藤宮なんてなんのそので、無礼な振る舞いをいくらでもした。

 何もかもが違った。出会った時から────。

 本堂は本気の感情を向けてくれる人間だと、すぐに分かった。

 なぜなら本堂の目は────自分を本気で憎む目をしていたからだ。

 だから本堂を必要として家庭教師にした。自分がここで倒れないためには、そういう人間が必要だった。

 この嘘だらけの世界で、彼の目だけは本物だと信じている。
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