とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
第11話 仮面に囲まれた少女
聖が一年の中で一番嫌いな日。それは、身も凍るような冷たい季節に訪れる。
師走になると、決算のため会社も忙しくなってきた。その一方で藤宮邸も慌ただしくなっていた。
その日に向けて屋敷中の使用人達が総動員で動いて、俊介もその準備に駆り出されていた。
俊介が起こしに来ない朝。聖は朝日を受けて自然と目が覚めた。朝食の時間には少し早かったが、体を起こして食堂へ向かった。
「聖様、今日はお早いですね」
食堂はガランとしていた。いつも座っている正義すら、まだ来ていない。
「目が覚めてしまったの」
「すぐに朝食を持ってまいります」
一人きりの食堂で、聖は深いため息をついた。
十二月二十五日は「藤宮聖」の誕生日だ。
毎年自宅で催される誕生パーティは、それはそれは盛大に行われる。
藤宮家に縁のある人間──各界の大物が招待され、何通も招待状を回し、念入りに準備を整え、まるで結婚披露宴のような状態だ。
当事者の聖がすることは当日の挨拶や挨拶回りだけだ。普段のパーティですることとあまり変わらない。綺麗に着飾って、ニコニコして、一日中おべっかを使われて、山のように下らないプレゼントを貰うだけだ。
聖はその日のことを考えるだけで憂鬱になった。
そのまま食堂にいてもどうでもいい話をされないと分かっていたので、朝食は軽く済ませて部屋に戻ることにした。
しばらく俊介が忙しいため、聖は俊介以外の運転手に送られて出勤した。
案の定、早すぎて誰も来ていなかったようだ。案外その方が落ち着けるかもしれない。コーヒーを淹れてソファで一服していると、ドアを開ける音が聞こえた。
もう誰か来たのだろうか。俊介がいない秘書室に来る人間は一人しかいないから誰かは分かっている。
隣の部屋を開けると思った通り本堂がいて、同じようにコーヒーを飲んでいる最中だった。
「おはよう、早いのね」
「たまたま目が覚めてな。お前もだろ」
「私もたまたま目が覚めたの。こっちで飲まない? 景色もいいし」
「しょうがねえな」
本堂は仕方なさそうに立ち上がると聖の執務室まで来た。二人でコーヒーカップを持ってソファに座る。そこからは都会の美しい眺望が見えた。
だが、本堂は興味なさそうだ。景色なんてどうでも良さそうで、テーブルに置いてある今日の朝刊に目を通している。
聖が本堂を誘ったのはそこに本堂がいたからだが、本堂と一緒にいればあの嫌な日のことを考えずに済むと思ったからだ。
本音を言えば他愛のない話をして、冗談を言って気を紛らわせて欲しいと思っていた。
だが、聖から会話を振ろうにも、うまく言えない。いつもなら普通に喋れるはずなのに、気分が落ち込んでいるせいだろうか。
「どうした?」
「え? あ、ああ……ううん、ちょっと眠くてね」
「仮眠室に行きゃいいだろ」
「うん……そうね」
何も知らない本堂に助けを求めるのは間違いだ。聖は自分に呆れて笑った。
師走になると、決算のため会社も忙しくなってきた。その一方で藤宮邸も慌ただしくなっていた。
その日に向けて屋敷中の使用人達が総動員で動いて、俊介もその準備に駆り出されていた。
俊介が起こしに来ない朝。聖は朝日を受けて自然と目が覚めた。朝食の時間には少し早かったが、体を起こして食堂へ向かった。
「聖様、今日はお早いですね」
食堂はガランとしていた。いつも座っている正義すら、まだ来ていない。
「目が覚めてしまったの」
「すぐに朝食を持ってまいります」
一人きりの食堂で、聖は深いため息をついた。
十二月二十五日は「藤宮聖」の誕生日だ。
毎年自宅で催される誕生パーティは、それはそれは盛大に行われる。
藤宮家に縁のある人間──各界の大物が招待され、何通も招待状を回し、念入りに準備を整え、まるで結婚披露宴のような状態だ。
当事者の聖がすることは当日の挨拶や挨拶回りだけだ。普段のパーティですることとあまり変わらない。綺麗に着飾って、ニコニコして、一日中おべっかを使われて、山のように下らないプレゼントを貰うだけだ。
聖はその日のことを考えるだけで憂鬱になった。
そのまま食堂にいてもどうでもいい話をされないと分かっていたので、朝食は軽く済ませて部屋に戻ることにした。
しばらく俊介が忙しいため、聖は俊介以外の運転手に送られて出勤した。
案の定、早すぎて誰も来ていなかったようだ。案外その方が落ち着けるかもしれない。コーヒーを淹れてソファで一服していると、ドアを開ける音が聞こえた。
もう誰か来たのだろうか。俊介がいない秘書室に来る人間は一人しかいないから誰かは分かっている。
隣の部屋を開けると思った通り本堂がいて、同じようにコーヒーを飲んでいる最中だった。
「おはよう、早いのね」
「たまたま目が覚めてな。お前もだろ」
「私もたまたま目が覚めたの。こっちで飲まない? 景色もいいし」
「しょうがねえな」
本堂は仕方なさそうに立ち上がると聖の執務室まで来た。二人でコーヒーカップを持ってソファに座る。そこからは都会の美しい眺望が見えた。
だが、本堂は興味なさそうだ。景色なんてどうでも良さそうで、テーブルに置いてある今日の朝刊に目を通している。
聖が本堂を誘ったのはそこに本堂がいたからだが、本堂と一緒にいればあの嫌な日のことを考えずに済むと思ったからだ。
本音を言えば他愛のない話をして、冗談を言って気を紛らわせて欲しいと思っていた。
だが、聖から会話を振ろうにも、うまく言えない。いつもなら普通に喋れるはずなのに、気分が落ち込んでいるせいだろうか。
「どうした?」
「え? あ、ああ……ううん、ちょっと眠くてね」
「仮眠室に行きゃいいだろ」
「うん……そうね」
何も知らない本堂に助けを求めるのは間違いだ。聖は自分に呆れて笑った。