とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 青葉が出社したのは昼過ぎになってからだった。

 会社に来るなりあちこちに電話をかけている様子を眺めながら、本堂はパソコンのキーを一定の速度で打ち込んだ。

 青葉がいない間の業務は本堂が代わりに行っているのだが、最近青葉は不在になることが増えた。

 執事も兼任しているから忙しいのだろう。その忙しさはそばで見ている本堂にも伝わってくる。

 ようやく電話を置いて一息ついたところで、青葉は本堂に一枚の封筒を差し出した。

「……不幸の手紙とかならいらねえぞ」

「誰がそんなもの書くか! ちゃんと開けて中を読んでくれ」

 急かされて封を開けて中を見ると、インヴィテーション──招待状と書かれたカードが出てきた。日付は十二月二十五日。クリスマスの日だ。

「なんだよこれ」

「それは、聖の誕生日会の招待状だ」

「誕生日会? 幼稚園児じゃあるまいし……」

「そんなものと一緒にするな。重役や政治家もたくさん来るんだ。お遊戯なんかしてるは暇はないぞ」

「俺も行かなきゃならねえのか。休日手当つくのかよ」

「ったく……当たり前だろう。お前は聖付きの補佐役なんだぞ。もっとも、社内で行くのは俺とお前くらいだけどな……」

 藤宮家次期跡取りの誕生日パーティだ。相当なVIP達が訪れることは容易に想像出来た。

 藤宮の内情を知るまたとないチャンスだ。運が良ければ藤宮の弱みを知ることが出来るかもしれないと、本堂は内心喜んでいた。

「俺から言うことはとりあえず、ドレスコードを間違えるな、しゃんとしろ、いつもの態度は正せ、敬語を使え。以上だ」

「注文が多いんだよ」

「それくらい緊張感を持てって言ってるんだ。俺らは基本的に出る幕はないが……出席しないわけにもいかないだろう」

「わざわざクリスマスに何が悲しくてそんなパーティに行かなきゃならねえんだか……」

「そんなことは、聖が一番思ってる」

 少しため息をついて、青葉は椅子に着いた。

「見てたら分かる」

「何がだよ」

「パーティに来れば分かるって言ってるんだ。この話は終わりだ、仕事に戻るぞ」

 青葉がパソコンを開いて、話は強制的に終了した。

 自分が言い出しっぺのくせにと、本堂は眉を顰めて視線をカードに戻した。

 金持ちの優雅なお誕生日会なんて、確かにあのお嬢様には退屈なパーティーかもしれない。

 パーティー自体行ったこともないので想像もできないが、創立記念パーティの豪華版のようなものだろうか。あの正義(タヌキ)が企画しそうなことならなんとなく予想できた。

 金の装飾が施された封筒を机に仕舞い、本堂は仕事に戻ることにした。
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