とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
聖は自分でも切り替えの早さに驚いていた。
クリスマスから本堂に会っていないが、その存在は一日も忘れてはいなかった。
年末年始の度重なるパーティーで慌ただしく過ごしていても、本堂の言葉や姿が頭から離れない。
誕生日のようにつまらない宴は、十分に考える余裕を与えてくれた。
ここに本堂がいたらもう少し面白かったかもしれないのに、と何度も思った。だが、会社のカレンダーは休みで、当然本堂も冬季休暇に入っていた。
彼は今頃一体何をしているのだろう。テレビを見てるのか、それとも寝ているのか、もしかしたら出掛けているかもしれない。
プライベートの話はあまり聞いたことはなかったが、もしかしたら恋人と出掛けているのかもしれない。そんな想像をして、仕方ないと呪文のように繰り返した。
どちらにしろ、自分は憎まれた存在で、藤宮家の人間だからそんな甘い関係にはならないだろう。
年明けになってようやく会えて、出来るだけ精一杯嬉しい表情を浮かべた。クリスマスにあんな態度を取ってしまった自分への戒めだった。
これ以上は望まない。本堂が側にいてくれるなら、「藤宮聖」としての役割を演じようと思った。
年明けの挨拶もようやく終わって、聖は久しぶりに正義の社長室を訪れた。
社長椅子に座り、後ろに秘書を二人もつけている様は、まるで王とそれに仕える召使いのようで滑稽だ。
「お前もやっと二十三歳になった。藤宮の後継ぎとして今年も頑張ってくれ」
葉巻を咥えながら正義は満足げに笑った。
「もちろんです」
「仕事が落ち着いたら待たせている婚約の話も進めよう。どの家も藤宮に相応しい家柄ばかりだ」
「はい、そうですね」
────この人は何が楽しくて笑ってるのだろう。
正義は始終笑顔だった。
聖は当たり障りない返事をしたものの、途中から聴く気にもならなくて、目の前を見ながらぼうっと考えた。
父が楽しく話すときは大概自分が楽しくない時だ。きっと物凄く楽しい計画なのだろう、あれこれ言っているが、もう日本語にも聞こえない。
不意に耳鳴りがして、頭がぐらりと揺れた。身体がふらついて、地面に膝を着いた。
「聖!? どうした!?」
「……いえ、なんでもありません。ただの立ちくらみです……」
「すぐに病院へ行って検査させろ! 未来の後継ぎに何かあっては困る!」
聖は思わず笑ってしまいそうになった。
秘書に大声で喚く人は、もう自分の父などではない。
こんな時ですら自分は藤宮の後継ぎなのだ。頭痛を起こそうが車に轢かれようが、きっとそれは同じだ。
秘書に支えられて立ち上がりながら、聖は潤んだ瞳を隠すように手で視界を覆った。