とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
気が付けば聖は本堂と距離を置くようになっていた。
やむを得ないときは喋ったが、そうでない時は出来るだけ青葉を呼ぶようにしているようだった。
本堂にとって、それは別にどうでもいいことだった。聖が自分を避けていようがいまいが、関係ない。
自分がやっていることがただの八つ当たりだと分かっていたが、「藤宮」を見ていると苛立ちが湧いて仕方ない。
聖に対する態度を変えたのは、これが一番嫌がることだと本能的に分かっていたからなのかもしれない。
だが、聖が悲しそうな顔をしても、満足したり気分がよくなることは決してなかった。
「……なあ、本堂。いつまでそうしてるつもりだ?」
タイピング音だけが響いていた静かな秘書室に、青葉の声が聞こえた。
青葉は回転式の椅子をぐるりと本堂の方へ向きを変えた。
「……なんのことだ」
本堂はパソコンの画面から目もそらさず、ぶっきらぼうに答えた。
「とぼけるな。お前の態度のことだ。何があったんだ。前はそんなじゃなかっただろう」
「何の不都合もねえだろ」
「不都合は……聖が気にしてる。お前がツンケンしてるから仕事しづらいだろ」
「『聖様』が勝手に気にしてるだけだ」
「ほら、そういう態度だよ。何か怒ってるからそんな態度なんだろう?」
「怒ってねえよ。黙って仕事しろ」
以前と立場が逆だ。以前は不真面目な自分に青葉がイラついていた。
だが今は────今も、青葉は苛立っているようだ。
もともと青葉と自分は仲がよくない。あえて仲直りする必要はないはずだ。
それでも青葉がこうして動いたのは、あの聖お嬢様が不憫になったからだろう。そう思うと、また苛立ちが募る。
「はぐらかすな。聖だって心配してるんだ」
「知るか。どうだっていい」
「どうしたんだ。お前だって聖のこと心配してたんじゃないのか」
青葉の一言一言が胸を刺した。
そう、青葉の言う通りだ。いつの間にか自分は聖を心配してた。一緒にいるうちに同調して、復讐を忘れそうになっていた。聖を深く知る前に、こうするべきだった。
「何の心配だ? 一流企業の未来をどうして俺が心配する必要がある?」
「本堂……そうじゃないだろ。俺があの時言ったたことを忘れたのか?」
「……っ藤宮の跡取りは藤宮らしく会社のことだけ考えてればいいだろ! 俺には関係ねえ!」
本堂が大声で怒鳴ったと同時に、静かに執務室の扉が開いた。そこから姿を見せた聖に、本堂は思わず硬直した。
あのパーティーで見た時と同じ、失望と絶望が入り混じった瞳で自分の方をまっすぐ見据えていた。
「《《本堂》》、《《青葉》》。少しは静かに出来ないの。仕事中よ」
至極冷静な声音だ。
そして気が付いた。聖が自分に向ける表情は、聖がパーティーでその他大勢に向けていた表情と同じだ、と。
まるで気持ちを固く閉ざしたように冷たい。分かっていたはずなのに、そこでようやく自分がした愚かな行為に気付いた。
「ご忠告ありがとう、《《本堂》》。あなたのいう通り会社のことだけ考えるわ。早く仕事に戻りなさい」
聖はピシャリと言うとそのままドアの向こうに消えた。
その方向を見ながら、本堂は今更後悔に苛まれた。
その一言は自分が最も言ってはいけない言葉で、聖が何より傷付く言葉だった。
聖を傷付けた────。そういう意味では目的どおりだ。自分は復讐したい。聖はその対象者。
なのに、どうして聖を傷付けてこんなにも後悔しているのだろう。
もう二度と聖が心を開いてくれない。そんな気がしてならなかった。
やむを得ないときは喋ったが、そうでない時は出来るだけ青葉を呼ぶようにしているようだった。
本堂にとって、それは別にどうでもいいことだった。聖が自分を避けていようがいまいが、関係ない。
自分がやっていることがただの八つ当たりだと分かっていたが、「藤宮」を見ていると苛立ちが湧いて仕方ない。
聖に対する態度を変えたのは、これが一番嫌がることだと本能的に分かっていたからなのかもしれない。
だが、聖が悲しそうな顔をしても、満足したり気分がよくなることは決してなかった。
「……なあ、本堂。いつまでそうしてるつもりだ?」
タイピング音だけが響いていた静かな秘書室に、青葉の声が聞こえた。
青葉は回転式の椅子をぐるりと本堂の方へ向きを変えた。
「……なんのことだ」
本堂はパソコンの画面から目もそらさず、ぶっきらぼうに答えた。
「とぼけるな。お前の態度のことだ。何があったんだ。前はそんなじゃなかっただろう」
「何の不都合もねえだろ」
「不都合は……聖が気にしてる。お前がツンケンしてるから仕事しづらいだろ」
「『聖様』が勝手に気にしてるだけだ」
「ほら、そういう態度だよ。何か怒ってるからそんな態度なんだろう?」
「怒ってねえよ。黙って仕事しろ」
以前と立場が逆だ。以前は不真面目な自分に青葉がイラついていた。
だが今は────今も、青葉は苛立っているようだ。
もともと青葉と自分は仲がよくない。あえて仲直りする必要はないはずだ。
それでも青葉がこうして動いたのは、あの聖お嬢様が不憫になったからだろう。そう思うと、また苛立ちが募る。
「はぐらかすな。聖だって心配してるんだ」
「知るか。どうだっていい」
「どうしたんだ。お前だって聖のこと心配してたんじゃないのか」
青葉の一言一言が胸を刺した。
そう、青葉の言う通りだ。いつの間にか自分は聖を心配してた。一緒にいるうちに同調して、復讐を忘れそうになっていた。聖を深く知る前に、こうするべきだった。
「何の心配だ? 一流企業の未来をどうして俺が心配する必要がある?」
「本堂……そうじゃないだろ。俺があの時言ったたことを忘れたのか?」
「……っ藤宮の跡取りは藤宮らしく会社のことだけ考えてればいいだろ! 俺には関係ねえ!」
本堂が大声で怒鳴ったと同時に、静かに執務室の扉が開いた。そこから姿を見せた聖に、本堂は思わず硬直した。
あのパーティーで見た時と同じ、失望と絶望が入り混じった瞳で自分の方をまっすぐ見据えていた。
「《《本堂》》、《《青葉》》。少しは静かに出来ないの。仕事中よ」
至極冷静な声音だ。
そして気が付いた。聖が自分に向ける表情は、聖がパーティーでその他大勢に向けていた表情と同じだ、と。
まるで気持ちを固く閉ざしたように冷たい。分かっていたはずなのに、そこでようやく自分がした愚かな行為に気付いた。
「ご忠告ありがとう、《《本堂》》。あなたのいう通り会社のことだけ考えるわ。早く仕事に戻りなさい」
聖はピシャリと言うとそのままドアの向こうに消えた。
その方向を見ながら、本堂は今更後悔に苛まれた。
その一言は自分が最も言ってはいけない言葉で、聖が何より傷付く言葉だった。
聖を傷付けた────。そういう意味では目的どおりだ。自分は復讐したい。聖はその対象者。
なのに、どうして聖を傷付けてこんなにも後悔しているのだろう。
もう二度と聖が心を開いてくれない。そんな気がしてならなかった。