とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
それから聖は本堂を避けるようになった。
出掛けることが増えて、青葉も付き添いで一緒に行くので、広い秘書室に本堂は一人残された。
話しかけようとしても思い出したようにどこかへ行ったり、青葉に話しかけたりする。
あまりに露骨な避け方をするものだから、青葉も何度か聖に言おうとしたが、それは無駄に終わった。
無視されることなんて屁でもない。睨まれようが、キツイ言葉を投げかけられようが、本堂はただ、聖に謝りたいと思っていた。以前のように二人で笑い合いたかった。
聖が帰ってくるのを待って残業していると、ふと資料が見当たらなくて机の上を探した。
恐らく聖からもらい忘れたのかもしれない。そう思い、しばらく入ることのなかった執務室に入って明かりを点けた。
上品なダウンライトが点いていても暗い雰囲気に思えるのは、聖との関係が最悪だからだろうか。
普段は周りの人間からどう思われようが気にしない性格だが、今の聖の態度は流石にきついものを感じていた。
聖の机の上を探していると、高価そうな木製の箱が置いてあった。重要な資料でも入っているのだろうか。ふと、興味本位でその箱を開けた。
中に入っていたのは紙の束だったが、一番上に置かれていたのは本堂の履歴書だった。
「なんで俺のがこんなところに……」
写真の顔は本堂ではない、ということは、これは家庭教師に応募する際に提出したものだ。
聖が持っていてもなんら不思議ではなかったが、もう随分前のものだ。こんなものをいつまでも持っている意味はない。
本堂は手にとって、久しぶりにそれを見返した。随分めちゃくちゃなことが書いてあって自分でも笑ってしまう。
これを書いた時は、聖に近づいて藤宮グループを潰そうと思っていた。
履歴書を眺めていると、不意に執務室のドアが開いた。
「はじめさん………」
出先から帰ってきた聖は本堂がいたことに驚いていた。
驚いたのは本堂もだ。予期せず聖と顔を合わせたので、つい気が動転してろくに言葉も発せられなかった。
「どうして、それを……」
本堂の手の中にあるそれを見て、聖は呟いた。
本堂は慌ててそれを箱の中にしまった。勝手に見たことを怒られる、と思った。
だが、聖の方が慌ていて、ここ最近の聖の中で一番人間らしい顔になった。
「悪い、資料を探してて……」
「そ、そうなの。見つかったの?」
「いや……」
気まずい沈黙が続いた。聖の様子を見て本堂は思った。
────まさか。聖は隠していたつもりだったのだろうか。
あんな箱に入れて、まるで後生大事にしまっていたみたいだ。
「……この間の企画部から提出された資料の図案がないんだが」
先に沈黙を破ったのは本堂だった。
聖は慌てて机の上から目的の資料を探し始めた。ようやく見つかったそれを手渡したが、その瞳はまだ気まずいのか揺らいでいる。
「俺の履歴書……まだ持ってたんだな」
ここ最近避けられていると思っていたから、そんなことでもまだ忘れないでいてくれているのだと思えて少し嬉しかった。
「あ、当たり前よ。部下の履歴書くらい持っててもおかしくないでしょう」
聖は部下、と強調するように言った。
「そうだな……それでも────」
聖の冷たい表情の中に、まだほんの少しでも優しさが残っているような気がした。
出掛けることが増えて、青葉も付き添いで一緒に行くので、広い秘書室に本堂は一人残された。
話しかけようとしても思い出したようにどこかへ行ったり、青葉に話しかけたりする。
あまりに露骨な避け方をするものだから、青葉も何度か聖に言おうとしたが、それは無駄に終わった。
無視されることなんて屁でもない。睨まれようが、キツイ言葉を投げかけられようが、本堂はただ、聖に謝りたいと思っていた。以前のように二人で笑い合いたかった。
聖が帰ってくるのを待って残業していると、ふと資料が見当たらなくて机の上を探した。
恐らく聖からもらい忘れたのかもしれない。そう思い、しばらく入ることのなかった執務室に入って明かりを点けた。
上品なダウンライトが点いていても暗い雰囲気に思えるのは、聖との関係が最悪だからだろうか。
普段は周りの人間からどう思われようが気にしない性格だが、今の聖の態度は流石にきついものを感じていた。
聖の机の上を探していると、高価そうな木製の箱が置いてあった。重要な資料でも入っているのだろうか。ふと、興味本位でその箱を開けた。
中に入っていたのは紙の束だったが、一番上に置かれていたのは本堂の履歴書だった。
「なんで俺のがこんなところに……」
写真の顔は本堂ではない、ということは、これは家庭教師に応募する際に提出したものだ。
聖が持っていてもなんら不思議ではなかったが、もう随分前のものだ。こんなものをいつまでも持っている意味はない。
本堂は手にとって、久しぶりにそれを見返した。随分めちゃくちゃなことが書いてあって自分でも笑ってしまう。
これを書いた時は、聖に近づいて藤宮グループを潰そうと思っていた。
履歴書を眺めていると、不意に執務室のドアが開いた。
「はじめさん………」
出先から帰ってきた聖は本堂がいたことに驚いていた。
驚いたのは本堂もだ。予期せず聖と顔を合わせたので、つい気が動転してろくに言葉も発せられなかった。
「どうして、それを……」
本堂の手の中にあるそれを見て、聖は呟いた。
本堂は慌ててそれを箱の中にしまった。勝手に見たことを怒られる、と思った。
だが、聖の方が慌ていて、ここ最近の聖の中で一番人間らしい顔になった。
「悪い、資料を探してて……」
「そ、そうなの。見つかったの?」
「いや……」
気まずい沈黙が続いた。聖の様子を見て本堂は思った。
────まさか。聖は隠していたつもりだったのだろうか。
あんな箱に入れて、まるで後生大事にしまっていたみたいだ。
「……この間の企画部から提出された資料の図案がないんだが」
先に沈黙を破ったのは本堂だった。
聖は慌てて机の上から目的の資料を探し始めた。ようやく見つかったそれを手渡したが、その瞳はまだ気まずいのか揺らいでいる。
「俺の履歴書……まだ持ってたんだな」
ここ最近避けられていると思っていたから、そんなことでもまだ忘れないでいてくれているのだと思えて少し嬉しかった。
「あ、当たり前よ。部下の履歴書くらい持っててもおかしくないでしょう」
聖は部下、と強調するように言った。
「そうだな……それでも────」
聖の冷たい表情の中に、まだほんの少しでも優しさが残っているような気がした。