とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
第14話 強い君を愛してた
窓の外からは雨の音が聞こえて、時折ゴロゴロと雷が鳴っていた。
朝から土砂降りの雨だ。
窓の外は雲がかかってどんよりと暗い。本堂は窓際に立ち、外を見てため息をついた。
ここ最近、聖が会社に来ない。
先日のことが心配になって青葉に聞いてみたが、青葉も詳しいことを知らされておらず、通常通り出社するようにとの指示があったそうだ。
なんとなく不安でイライラしていると、青葉がそんな自分をなだめた。
「本堂、気持ちはわかるが落ち着けよ」
「落ち着いてられねえからこうやってんだ……」
「もしかして、また何かあったのか?」
青葉には先日あったことを伝えていない。謝ったことくらいは伝えればいいのだろうが、その後が問題だ。
本堂は複雑な自分の気持ちもあったせいで、伝えられないでいた。
「いや……そうじゃねえ。ただ……」
「まあ、お前も早く謝りたいんだろうけどな。帰って来ないんじゃ仕方ない」
「ああ……」
本堂はいつになく不安だった。
最後に見た聖の笑顔が悲しそうで、あんなに励ましても諦めたようにしか見えなかったからなのか。悟ったような笑みが何を考えているのか分からなかったからか。
抱きしめようとしたその細い肩が、砂のように崩れてしまうような気がした。
雨音に紛れて廊下から音が微かに聞こえてくると、秘書室の扉が開いた。
本堂は待ちに待った人物を期待して顔を上げた。そこには聖と正義、そして知らない男がいた。
座っていた青葉は、慌てて立ち上がった。
「これは……っ旦那様! 仰っていただければ迎えに上がりましたのに……」
「いいんだ、青葉君」
正義は構うなとでも言うように手を振った。
本堂はあれほど気にしていた正義なんかそっちのけで、聖と横にいるその男を見つめた。
聖の表情は笑っていたが、あのパーティ会場で見た時と同じ暗い瞳だ。
隣にいる男は自信ありげに笑みを浮かべている。金持ちらしいいかにもな白いスーツを纏い、キザったらしく背広の襟を正した。見たことがない顔だ。
「紹介しよう。白鳥和也君だ」
「どうも、白鳥です」
いけ好かない笑みを浮かべた白鳥に、本堂は生理的に嫌悪感が湧いた。
身なりといい態度といい、成金を絵に描いたようなお坊ちゃんに見えるからだろうか。当の本人はそんな本堂には目もくれず、隣にいる聖の方ばかり見ていた。
「白鳥くんはは聖の婚約者として内定してね、それで会社を案内して回っているんだ。彼にはいずれは藤宮グループの役員に就いてもらう予定だ」
────何を言ってるんだ?
正義は白鳥の肩を叩き、満足そうにうんうんと頷いた。
本堂は一体どういうことか分からず、ただ目の前のやり取りを呆然と眺めた。
「お義父さん直々に案内して頂けて光栄ですよ。僕も会社は経営していますがここまで大きくなくてね。いい勉強になります」
「いやいや、白鳥家といえば元を辿れば大華族。それに、君のビジネスの手腕も大したものだよ。謙遜はよしてくれ」
「まあ、そういうわけで近い将来聖さんと二人で会社を切り盛りしていくわけだから、部下の君たちにも挨拶しておこうと思ってね。宜しく」
白鳥は白い歯を見せて手差し出した。
青葉は慌ててその手を掴み、戸惑いながら挨拶していた。
「聖様、ご婚約……おめでとうございます」
青葉が発した台詞に、体が痺れたように動かなくなる。
そうだ。聖は「聖様」だ。自分が思うような「聖」ではない。ずっと前からそのはずだ。
どうして勘違いをしていたのだろう。
「君も、宜しく」
白鳥は本堂にも手を差し出して握手を求めた。本堂は機械的にそれに触れた。頭がぼうっとして、うまく働かなかった。
「聖……様。おめでとうございます」
棒読みの台詞でも、言ってしまえば確かな意味をもった。
自分が発した言葉を聞きながら、本堂はかつてないほど虚しい思いに苛まれた。
本当はそんなこと言いたくない。苦しい────。
聖の幸せそうな表情が嘘だとわかっているのに、裏切られたような気分になった。
知らない男の隣に立つ聖を見ていると、心の中に穴が空いたよう寂しさを覚えた。