とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
三人が出て行くと、秘書室はしばらくの間沈黙が流れた。
短い間に起きたあまりにもショックな出来事に、本堂は呆然としたまま動けずにいた。
「だから俺には知らされなかったのか……」
青葉がポツリと呟いた。
「藤宮と元華族、か。そりゃあ、俺みたいな一般人が同席するわけにはいかないもんな」
やがて自嘲するように笑みを浮かべた。
青葉は先ほどの話を何も知らされていなかったようだ。聖の専属執事も知らなかったということは秘密裏に進められていたのだろうか。それとも突然決まったことだから知らせる暇もなかったのか。
「……白鳥家は俺が知る限りじゃ候補の中では一番の財力だし、ネームバリューもある。旦那様が考えそうなことだな」
本堂は青葉の言葉を聞いていたが、ほとんど聞き流していた。
頭の中で考えているのは、見たこともない聖が白鳥の腕の中にいる姿だ。聖が白鳥に口付けられている姿だ。
虫唾が走るその光景をわざわざ自分の頭に作り出す理由は、自分でも分からなかった。
「……本堂?」
本堂は静かに部屋から出た。青葉が後ろでなにか言っていたが耳に入ってこない。
とぼとぼとその姿を探すように会社の中を歩いて、気が付いたら会社のエントランスにいた。
外は相変わらず土砂降りで、視界は最悪だ。なにも考えず、足はそのまま外に向いた。
こんな土砂降りの中傘も差さずに外に出るなんて馬鹿のすることだ。だが今の頭ではそんなことすら考えられなかった。
バシャバシャと水音の立つ歩道を歩くと、いつしか聖と座った公園のベンチにたどり着いていた。
当たり前だがこんな大雨の中には誰もいない。聖も、当然そこにはいなかった。
濡れたベンチを見つめながら、本堂はあの時のことを思い出した。
初めて訪れた場所に目をキラキラさせて、レジで戸惑いながら会計をしていた。コンビニのおにぎりを食べて嬉しそうに笑っていた。
そこにいたのは、紛れもない聖自身だった。
思わず、ベンチを眺めながらそこにいるはずのない人物を探してしまう。
「聖────」
叩きつける雨音に声は掻き消された。沈んだ心は、静かに現実を思い知った。
────どうしてそんな奴のところに行くんだ。そんなところに行ったら、もう自分とスーパーなんかいけなくなるぞ。
あの時、苦し紛れにそう言いかけた。
強引な約束は聖の心を開きたかったからではない。自分の本心だった。
血がにじみ出るほど唇を噛み締めた。だがそれでも、悔しさと悲しみは消えることはなかった。
「聖……」
本堂はその名前を何度も呼んだ。そして、声に出すたび思い知った。
短い間に起きたあまりにもショックな出来事に、本堂は呆然としたまま動けずにいた。
「だから俺には知らされなかったのか……」
青葉がポツリと呟いた。
「藤宮と元華族、か。そりゃあ、俺みたいな一般人が同席するわけにはいかないもんな」
やがて自嘲するように笑みを浮かべた。
青葉は先ほどの話を何も知らされていなかったようだ。聖の専属執事も知らなかったということは秘密裏に進められていたのだろうか。それとも突然決まったことだから知らせる暇もなかったのか。
「……白鳥家は俺が知る限りじゃ候補の中では一番の財力だし、ネームバリューもある。旦那様が考えそうなことだな」
本堂は青葉の言葉を聞いていたが、ほとんど聞き流していた。
頭の中で考えているのは、見たこともない聖が白鳥の腕の中にいる姿だ。聖が白鳥に口付けられている姿だ。
虫唾が走るその光景をわざわざ自分の頭に作り出す理由は、自分でも分からなかった。
「……本堂?」
本堂は静かに部屋から出た。青葉が後ろでなにか言っていたが耳に入ってこない。
とぼとぼとその姿を探すように会社の中を歩いて、気が付いたら会社のエントランスにいた。
外は相変わらず土砂降りで、視界は最悪だ。なにも考えず、足はそのまま外に向いた。
こんな土砂降りの中傘も差さずに外に出るなんて馬鹿のすることだ。だが今の頭ではそんなことすら考えられなかった。
バシャバシャと水音の立つ歩道を歩くと、いつしか聖と座った公園のベンチにたどり着いていた。
当たり前だがこんな大雨の中には誰もいない。聖も、当然そこにはいなかった。
濡れたベンチを見つめながら、本堂はあの時のことを思い出した。
初めて訪れた場所に目をキラキラさせて、レジで戸惑いながら会計をしていた。コンビニのおにぎりを食べて嬉しそうに笑っていた。
そこにいたのは、紛れもない聖自身だった。
思わず、ベンチを眺めながらそこにいるはずのない人物を探してしまう。
「聖────」
叩きつける雨音に声は掻き消された。沈んだ心は、静かに現実を思い知った。
────どうしてそんな奴のところに行くんだ。そんなところに行ったら、もう自分とスーパーなんかいけなくなるぞ。
あの時、苦し紛れにそう言いかけた。
強引な約束は聖の心を開きたかったからではない。自分の本心だった。
血がにじみ出るほど唇を噛み締めた。だがそれでも、悔しさと悲しみは消えることはなかった。
「聖……」
本堂はその名前を何度も呼んだ。そして、声に出すたび思い知った。