とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
青葉が選んだ店は、都内にあるホテルのスカイラウンジだった。
都内の夜景が一望できるそこは、中央にグランドピアノが置かれていて、照明は薄暗く雰囲気があって落ち着いている。
よく来る店らしい。青葉は店員と話したあと、あそこにしよう、と窓際のソファに座った。
「馴染みの店なのか?」
「こんな高い店、俺が馴染みなわけないだろ。酒を覚える時に勉強させて貰ってたんだ。執事はそういう嗜みが必要なんだよ」
青葉は酒を好むようには見えなかったが、執事ならばワインやシャンパンの一つくらいは知っておかなくてはならないのだろう。
メニューも見ずに注文していたので、案外酒のことには詳しいのかもしれない。本堂も後に続いて注文した。
おすすめでオリジナルのカクテルを頼んだら、理科で使うようなビーカー風のグラスに青色の酒が入ったものを出された。斬新だが、洒落て見えるのはこのラウンジの雰囲気に合っているからだろう。
本堂は普段こんな場所に来ないが、こういう雰囲気は嫌いではなかった。
「クソだな」
三杯目の酒が空になった頃、突然青葉の口から信じられないような言葉が飛び出した。
普段の青葉に似つかわしくない言葉だったので、本堂は思わず聞き間違いかと思った。
「あんな奴のどこが良いんだか……」
そう言われてやっと、それが聞き間違いではなかったのと、白鳥のことを言っているのだと気が付いた。
やはり青葉もそう感じていたのだろう。酔っているようにも見えるが、目はしっかりしていた。酒のせいか、普段に比べて饒舌になっているようだ。
「聖、あいつのことが気に入ってるのか……?」
しまいにはそんなことまで言い始めた。
「……っそんなわけねえだろ」
「分からないだろ。人間としてクソでも多少の取り柄はあるのかもしれない」
「……お前、相当酒に弱いだろ」
「ああ、強くはない」
青葉はきっぱりと言い切った。またグラスを空にして、近くを歩いていたウェイターに新しい酒を注文した。
相当限界にきているのだろう。青葉は文句ばかり言い続けいてた。
普段言わない分我慢していたに違いない。本堂は普段から発散しているせいか、青葉ほどひどく豹変したりはしない。
真面目な性格はこういうところで損をするのか、と本堂は少し青葉が気の毒になった。
「お前だって嫌だろ!? あんなクソ野郎が上司なんて……」
青葉のいうとおりだ。本堂だって白鳥が上司なんて御免だった。
欠片も尊敬するところがないし、生理的に受け付けない。恐らく会社のどの部署に白鳥を連れて行っても誰もが同じことを言うだろう。
「俺だって、聖のことは気にいってた。それでも立場をわきまえて諦めてたんだ……なのに、よりにもよってあんなクソ野郎と結婚なんて……」
────結婚。
その言葉を聞いて、ドクンと心臓が跳ねる。
言わずもがな、婚約者とはそういうことだ。いずれは結婚して、白鳥が藤宮の家に入るのだと正義も明言していた。
妙にリアルな響きを持つその言葉に、心の中で波紋が広がっていく。
考えないようにしていた未来が勝手に頭に思い描かれた。そこには少しも幸せそうじゃない聖が、またあの作り笑顔でいる。
「聖があのクソ男と結婚したら、俺はあいつを旦那様って呼ばなきゃならないんだ。寒気がする……」
「青葉、お前何杯飲んでるんだ。もうやめとけ」
「今日ぐらいいいだろ。頭はしっかりしてるんだ。まだイケる」
「それがやばいって言ってんだよ。ほら、もう行くぞ」
やはり酔っ払っているのだろう。本堂は会計を済ませると、フラフラしている青葉を支えながら店を出た。
幸い、青葉は酔っ払っていたが頭はしっかりしていた。ホテルを出て、ロータリーでタクシーに青葉を預けた。あとは勝手に帰るだろう。
駅の方に身体の向きを変えたところで、そこによく知った人物が並んでいることに気が付いた。
そこにいたのは、聖と白鳥だった。思わず目が点になる。二人はなぜこんなところにいるのだろう。
二人はそのままホテルに入っていった。本堂は驚いて、硬直したようにその場から動けなくなった。
もうこんな時間だ。飲むにしては遅すぎる。
妙な考えが頭に浮かんで、焦燥に似たものを感じた。
帰らなければならないのにその場から動けない。まるで心の中に穴が空いたような気分だ。
青葉の言う通り、あんな男でも聖は好きなのだろうか? 想像なんてしたくもないが、聖が抱かれる姿を想像してしまった。気分が悪くなって、ようやくそこを離れた。
早足にそこから遠ざかる。頭から必死でそれを振り払おうとしたが無駄った。胸を締め付ける痛みが次第に強くなっていく。
頭の中に浮かび上がる一つの感情とその答えが、心の中をかき乱した。
それは、復讐を抱く自分には酷く相応しくないものだった。
都内の夜景が一望できるそこは、中央にグランドピアノが置かれていて、照明は薄暗く雰囲気があって落ち着いている。
よく来る店らしい。青葉は店員と話したあと、あそこにしよう、と窓際のソファに座った。
「馴染みの店なのか?」
「こんな高い店、俺が馴染みなわけないだろ。酒を覚える時に勉強させて貰ってたんだ。執事はそういう嗜みが必要なんだよ」
青葉は酒を好むようには見えなかったが、執事ならばワインやシャンパンの一つくらいは知っておかなくてはならないのだろう。
メニューも見ずに注文していたので、案外酒のことには詳しいのかもしれない。本堂も後に続いて注文した。
おすすめでオリジナルのカクテルを頼んだら、理科で使うようなビーカー風のグラスに青色の酒が入ったものを出された。斬新だが、洒落て見えるのはこのラウンジの雰囲気に合っているからだろう。
本堂は普段こんな場所に来ないが、こういう雰囲気は嫌いではなかった。
「クソだな」
三杯目の酒が空になった頃、突然青葉の口から信じられないような言葉が飛び出した。
普段の青葉に似つかわしくない言葉だったので、本堂は思わず聞き間違いかと思った。
「あんな奴のどこが良いんだか……」
そう言われてやっと、それが聞き間違いではなかったのと、白鳥のことを言っているのだと気が付いた。
やはり青葉もそう感じていたのだろう。酔っているようにも見えるが、目はしっかりしていた。酒のせいか、普段に比べて饒舌になっているようだ。
「聖、あいつのことが気に入ってるのか……?」
しまいにはそんなことまで言い始めた。
「……っそんなわけねえだろ」
「分からないだろ。人間としてクソでも多少の取り柄はあるのかもしれない」
「……お前、相当酒に弱いだろ」
「ああ、強くはない」
青葉はきっぱりと言い切った。またグラスを空にして、近くを歩いていたウェイターに新しい酒を注文した。
相当限界にきているのだろう。青葉は文句ばかり言い続けいてた。
普段言わない分我慢していたに違いない。本堂は普段から発散しているせいか、青葉ほどひどく豹変したりはしない。
真面目な性格はこういうところで損をするのか、と本堂は少し青葉が気の毒になった。
「お前だって嫌だろ!? あんなクソ野郎が上司なんて……」
青葉のいうとおりだ。本堂だって白鳥が上司なんて御免だった。
欠片も尊敬するところがないし、生理的に受け付けない。恐らく会社のどの部署に白鳥を連れて行っても誰もが同じことを言うだろう。
「俺だって、聖のことは気にいってた。それでも立場をわきまえて諦めてたんだ……なのに、よりにもよってあんなクソ野郎と結婚なんて……」
────結婚。
その言葉を聞いて、ドクンと心臓が跳ねる。
言わずもがな、婚約者とはそういうことだ。いずれは結婚して、白鳥が藤宮の家に入るのだと正義も明言していた。
妙にリアルな響きを持つその言葉に、心の中で波紋が広がっていく。
考えないようにしていた未来が勝手に頭に思い描かれた。そこには少しも幸せそうじゃない聖が、またあの作り笑顔でいる。
「聖があのクソ男と結婚したら、俺はあいつを旦那様って呼ばなきゃならないんだ。寒気がする……」
「青葉、お前何杯飲んでるんだ。もうやめとけ」
「今日ぐらいいいだろ。頭はしっかりしてるんだ。まだイケる」
「それがやばいって言ってんだよ。ほら、もう行くぞ」
やはり酔っ払っているのだろう。本堂は会計を済ませると、フラフラしている青葉を支えながら店を出た。
幸い、青葉は酔っ払っていたが頭はしっかりしていた。ホテルを出て、ロータリーでタクシーに青葉を預けた。あとは勝手に帰るだろう。
駅の方に身体の向きを変えたところで、そこによく知った人物が並んでいることに気が付いた。
そこにいたのは、聖と白鳥だった。思わず目が点になる。二人はなぜこんなところにいるのだろう。
二人はそのままホテルに入っていった。本堂は驚いて、硬直したようにその場から動けなくなった。
もうこんな時間だ。飲むにしては遅すぎる。
妙な考えが頭に浮かんで、焦燥に似たものを感じた。
帰らなければならないのにその場から動けない。まるで心の中に穴が空いたような気分だ。
青葉の言う通り、あんな男でも聖は好きなのだろうか? 想像なんてしたくもないが、聖が抱かれる姿を想像してしまった。気分が悪くなって、ようやくそこを離れた。
早足にそこから遠ざかる。頭から必死でそれを振り払おうとしたが無駄った。胸を締め付ける痛みが次第に強くなっていく。
頭の中に浮かび上がる一つの感情とその答えが、心の中をかき乱した。
それは、復讐を抱く自分には酷く相応しくないものだった。