とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
 港に着くと、白鳥は停泊所のすぐ近くに車を停めた。

 こんなところに停めて怒られないかとも思ったが、近くにいたスタッフは白鳥の顔を見るなり表情を変えてお辞儀した。自分が所有している、と言っていたのは嘘ではないらしい。

 ただこの様子を見る限り、普段からここにきて遊んでいるに違いない。

 そしてそれが女遊びであることは、聞かなくても想像がついた。

 海に浮かぶ真白な船体には大きく「Swan cruise」と書かれている。

 この船は観光船としてここを巡回しているそうだ。美しい夜景が見えるため、毎日のように予約客が来て半年先まで予約がいっぱいだと、また聞いてもいないのに白鳥が説明した。

 そう聞いたばかりなのに、白鳥は一番夜景が綺麗に見えるであろう席に案内した。その席を予約していた人物はどうなったのか、わざわざ聞くことはしなかったが。

 白鳥は楽しげな様子でボーイにシャンパンを注文した。

 スカイデッキに面した席は、邪魔なものは一切なく夜景を楽しむことができる特等席だ。

 周りにいる客も相当リッチなのだろう。この船自体一般客が入れるような雰囲気ではなかった。船内のメインダイニングは、照明、ソファ、絨毯と、何から何まで豪華にこだわって造られたように思えた。実に白鳥らしい船だ。

「気にいってくれたかい?」

 シャンパンを口にしながら、白鳥は笑った。

 気に入るわけがない。会社帰りで聖の服装はかっちりしているのに、こんなドレスコードが必要な場所に連れて来られて、恥をかかせたいのかと思った。

 白鳥はいつも通りの格好でいいかもしれないが、そういうわけにはいかない。なんの配慮もされていない。本当に思いつきだけで連れてきたのだと思うと、この船旅がより最悪なものに思えた。

「ええ、せめて私もちゃんとした格好で来られたらよかったのですが」

 聖は軽く皮肉を込めて言った。だが、鈍い白鳥には通用しなかったようだ。

「気になるかい? 船内にうちの店がある。ドレスが着たいならそこで選ぶといい」

 そういう問題ではない。白鳥は自分に酔っているのか、不愉快そうにしても全く気がつかない。尋ねもせず、聖の分の料理を勝手に注文して満足げな様子だ。

「最近忙しかったみたいだからね。いい気晴らしになるだろう?」

「ええ……そうですね」

「僕のこと、ちょっとは気にいった?」

「……そんな、気にいるだなんて」

 ────気に入るわけないでしょう、と心で悪態を吐いた。

 微塵もそんなことは思わない。白鳥と自分は何もかも間逆で、相性最悪なのだから。

 何もかもが真逆────そう思うと、本堂もそうだった。

 立場も、生まれた環境も、本堂のことを理解しているわけではないが、彼もまた自分とは相容れない存在だ。

 それでも、自分が本堂を好きになることができたのは、彼が中身のある男性だったからだろう。白鳥に同じことを言っても、きっと馬鹿にされるだけだ。

 適当な態度や振る舞いをしながらも、本堂が仕事で手を抜いたりすることはなかった。周りをよく見て、面倒だと言いながらもきっちりこなしていた。口では悪態をついていても、心の底では人を気にかけていた。

 憎んでいるのに優しくしてくれたことも、自分を説得したことも、本来の彼が優しいからだ。

 愛する価値のある人間────聖はそう思っていた。

 人の価値に大きいも小さいもないかもしれない。でも、自分にとって彼は間違いなく価値ある人だ。
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