とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
「あの……はじめさん。さっきの話だけど……本当に、やる気なの?」

「なんだ、父親と婚約者の心配でもしてんのか?」

「そうじゃない……あなたの心配をしてるの。さっきも言ったけど、簡単なことじゃない。しかも、五年でなんて……藤宮グループがどれだけ利益を出してるかは知ってるでしょう」

「別に俺は無理だとは思ってねえよ。まぁ、簡単じゃねえだろうがな……」

「あなたに危害を加えられないように彼との縁談を受けたのに、意味がなくなっちゃったじゃない」

「俺はこれで良かったと思ってる。お前をあんな奴に渡すくらいなら、東京湾に沈められた方がマシだ」

「やめて、シャレにならないから」

「聖」

 本堂は少し腰をかがめて聖に視線を合わせた。

「お前は本当に俺でいいのか?」

「え?」

「俺は金持ちじゃねえ。自慢できるような肩書きもねえ。普通の家に育ったただの一般人だ。それでもお前は俺を選ぶのか?」

「はじめさん……」

「教えてくれ………」

 本堂の瞳が初めて自信なさげに揺れた。先ほど正義達に啖呵を切った時はあれほど自信たっぷりだったというのに。

 その様子を見ていると、彼が本当に自分のことを好きなのだと確信できた。

 本堂がああして喧嘩を売らなかったとしても、自分のことを好きにならなかったとしても、きっと自分は本堂のことが好きだっただろう。

「あなたが仮に全てをなくしても、私はあなたのそばにいる。私にとってあなたは、愛する価値のある人だから」

 本心を伝えると、本堂の目が僅かに見開いた。やがて彼は嬉しそうにニッと笑った。

「それだけ聞ければ十分だ」

「……本当にやるのね」

「聖、俺を信じて待ってろ。五年も待たせちゃお前の気が変わらないとも言えねえが……」

「待つわ。だって……スーパーに連れて行ってくれるって約束したもの。はじめさんを信じて待ってる」

「ああ………」

 不安がないといえば嘘になる。正義達は恐らく、あらゆる手を使って彼の道を妨害するだろう。本堂が賢いことは知っているが、それをどう(かわ)すのか分からない。

 ただ、自分に出来るのは自分のやるべきことをする。そして待つことだけだ。

 先行き不安だというのに、聖は少し楽しみでもあった。いつか見ていた夢が形になるような気がしたのだ。

 本堂と出掛けられたらきっと素敵だ。彼は呆れながら自分に付き合って、それでもきっと笑顔でそばに居てくれるに違いない。

「ありがとう、聖」

 本堂の手が頬に伸びて、ゆっくりと近づくと静かにそこに唇を落とした。

 触れられた箇所が熱い。きっと白鳥ではこうはならなかっただろう。

 心地よい緊張感が部屋を包んでいた。
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