とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
「そんなことよりも、一。随分若い娘さんを連れて来たじゃない」
麗花は本堂を見て少し眉を顰めた。
その言葉は聖が嫌だというふうには聞こえなかった。言葉の通り、まさかこんな年下の娘を連れてくると思わなかった、という意味だろう。
「七歳年下だからな」
「聖さん、一はもう三十五歳だし、あなたから見たらおじさんじゃない? 大丈夫?」
「いえ、私は時に気にしていません。一さんはとても頼りになるので……」
「ただでさえこの性格でしょう? 彼女ができるかずっと不安だったのよ」
呆れたように自身の息子を見つめて、麗花は持って来た茶菓子を口にした。
「なんだよ? ちゃんと連れて来たんだからいいだろ」
「聖さん、仕事中の一はどう? ちゃんと仕事してる?」
「ええ、いつもテキパキ動いてくれますし、仕事もとても丁寧です。私のミスもフォローしてくれますし、部下に対して気遣える優秀な方です」
聖がキッパリと答えたので、麗花は意外そうな顔をした。
普段の本堂はいい加減なのだろうか。
実家と仕事場だから、麗花が見ている本堂を働いている時の本堂は少し違うかもしれない。ちゃんと仕事をしていることに驚いているようだった。
「一は優しい子だけど家を早くに出てしまって心配していたの。ちっとも連絡をくれないし、しまいには藤宮グループの会社にいたなんて言われて……」
「聖、前に言っただろ。アレの件だ」
アレ──というのは復讐のことだろう。はっきりとは聞かされていないが、麗花がこういう言い方をするということはやはり聖の想像は当たっていたようだ。
やはり、麗花は藤宮に対していい感情を抱いていない────そう思った時だった。
「本当にショックだったの。一には価値ある人になってほしいって思っていたから」
「え……?」
麗花の聖を見つめる瞳は優しいものだった。そして悲しんでいるようだった。とても憎んでいるようには見えなかった。
「でも、はじめがあなたと出会ってからの話してくれて……ああ、いい出会いもあったんだなって思えたの。憎しみに染まった一を変えてくれたのが、あなたで本当に良かったって、今ではそう思ってるわ」
「はじめさん……そんなこと話してたの?」
「……その時、誤解だったって初めて知ったんだよ。俺はずっと藤宮を憎んでたし、それを疑わなかった。母さんが教えてくれなきゃいつまでも藤宮を憎んだままだった」
「一はね、あなたをとても愛してるのに憎まないといけなくてそれが辛かったんですって。本当に不器用な子でしょう? でも、あなたのこと本当に好きなのよ」
「母さん、もういいだろ」
「一は黙ってなさい。聖さん、一つ質問してもいい?」
聖は頷いた。一体何を聞かれるのだろう。
だが、麗花の本当の気持ちを聞いたからか、先ほどよりも緊張は解れていた。
麗花は先ほどと表情を変えて、真面目な顔つきで聖をじっと見つめた。
「人の価値はなにで決まると思う?」
その言葉に反応したのは本堂の方だった。だが、彼は何も言わなかった。
聖は少し考えて、麗花に答えた。
「存在、だと……私は思います」
「存在?」
「能力や見た目は、時間とともに変わっていきます。お金や権力も、同じです。それもある意味人の価値かもしれませんが、私はそうは思いたくありません」
今まで、全てを手にしても聖が満たされることは一度もなかった。人が欲しがるようなものを持っていて、なんでも自由に買えるお金もあったが、それがあっても幸福になることはなかった。
大きな家、有り余る財力、約束された地位、藤宮聖として磨いてきたこと────。
それがなければ認められない。それがあってこその自分だった。
だが、それを否定してくれたのが、本堂一という男だった。
全てを持った自分を関係ないと平気で無視し、乱暴な態度で口悪くからかった。それなのに時に優しく、藤宮として振る舞いきれない自分にも、彼は笑いかけてくれた。
自由になっていいと説得してくれたことは、心の支えだった。あの時は愛されていたことなんて知らなかったが────。
自分はそんな彼を好きになり、どうしてもそばにいたいと願った。自分にとっての彼の価値は、愛すること、その存在だ。
どこの誰でも構わない。憎まれてもいい。庶民くさいお前がいいと言ってくれたように、自分も本堂にありのままを求めていた。本堂が何も持たない自分を好きになってくれたからだ。
存在が価値だということはきっと────。
「何も持っていなくても……ありのままの存在が、その人の価値だと思います」
「あなたにとって……はじめは価値ある人なのね」
聖は笑って頷いた。
麗花の穏やかな微笑みは、聖と息子を見つめて二人を祝福しているようだった。
「よかったわね。あなたを価値ある人だって言ってくれる人がいて」
「……そうだな」
聖の言葉を聞いて、本堂も穏やかに微笑んだ。
麗花は本堂を見て少し眉を顰めた。
その言葉は聖が嫌だというふうには聞こえなかった。言葉の通り、まさかこんな年下の娘を連れてくると思わなかった、という意味だろう。
「七歳年下だからな」
「聖さん、一はもう三十五歳だし、あなたから見たらおじさんじゃない? 大丈夫?」
「いえ、私は時に気にしていません。一さんはとても頼りになるので……」
「ただでさえこの性格でしょう? 彼女ができるかずっと不安だったのよ」
呆れたように自身の息子を見つめて、麗花は持って来た茶菓子を口にした。
「なんだよ? ちゃんと連れて来たんだからいいだろ」
「聖さん、仕事中の一はどう? ちゃんと仕事してる?」
「ええ、いつもテキパキ動いてくれますし、仕事もとても丁寧です。私のミスもフォローしてくれますし、部下に対して気遣える優秀な方です」
聖がキッパリと答えたので、麗花は意外そうな顔をした。
普段の本堂はいい加減なのだろうか。
実家と仕事場だから、麗花が見ている本堂を働いている時の本堂は少し違うかもしれない。ちゃんと仕事をしていることに驚いているようだった。
「一は優しい子だけど家を早くに出てしまって心配していたの。ちっとも連絡をくれないし、しまいには藤宮グループの会社にいたなんて言われて……」
「聖、前に言っただろ。アレの件だ」
アレ──というのは復讐のことだろう。はっきりとは聞かされていないが、麗花がこういう言い方をするということはやはり聖の想像は当たっていたようだ。
やはり、麗花は藤宮に対していい感情を抱いていない────そう思った時だった。
「本当にショックだったの。一には価値ある人になってほしいって思っていたから」
「え……?」
麗花の聖を見つめる瞳は優しいものだった。そして悲しんでいるようだった。とても憎んでいるようには見えなかった。
「でも、はじめがあなたと出会ってからの話してくれて……ああ、いい出会いもあったんだなって思えたの。憎しみに染まった一を変えてくれたのが、あなたで本当に良かったって、今ではそう思ってるわ」
「はじめさん……そんなこと話してたの?」
「……その時、誤解だったって初めて知ったんだよ。俺はずっと藤宮を憎んでたし、それを疑わなかった。母さんが教えてくれなきゃいつまでも藤宮を憎んだままだった」
「一はね、あなたをとても愛してるのに憎まないといけなくてそれが辛かったんですって。本当に不器用な子でしょう? でも、あなたのこと本当に好きなのよ」
「母さん、もういいだろ」
「一は黙ってなさい。聖さん、一つ質問してもいい?」
聖は頷いた。一体何を聞かれるのだろう。
だが、麗花の本当の気持ちを聞いたからか、先ほどよりも緊張は解れていた。
麗花は先ほどと表情を変えて、真面目な顔つきで聖をじっと見つめた。
「人の価値はなにで決まると思う?」
その言葉に反応したのは本堂の方だった。だが、彼は何も言わなかった。
聖は少し考えて、麗花に答えた。
「存在、だと……私は思います」
「存在?」
「能力や見た目は、時間とともに変わっていきます。お金や権力も、同じです。それもある意味人の価値かもしれませんが、私はそうは思いたくありません」
今まで、全てを手にしても聖が満たされることは一度もなかった。人が欲しがるようなものを持っていて、なんでも自由に買えるお金もあったが、それがあっても幸福になることはなかった。
大きな家、有り余る財力、約束された地位、藤宮聖として磨いてきたこと────。
それがなければ認められない。それがあってこその自分だった。
だが、それを否定してくれたのが、本堂一という男だった。
全てを持った自分を関係ないと平気で無視し、乱暴な態度で口悪くからかった。それなのに時に優しく、藤宮として振る舞いきれない自分にも、彼は笑いかけてくれた。
自由になっていいと説得してくれたことは、心の支えだった。あの時は愛されていたことなんて知らなかったが────。
自分はそんな彼を好きになり、どうしてもそばにいたいと願った。自分にとっての彼の価値は、愛すること、その存在だ。
どこの誰でも構わない。憎まれてもいい。庶民くさいお前がいいと言ってくれたように、自分も本堂にありのままを求めていた。本堂が何も持たない自分を好きになってくれたからだ。
存在が価値だということはきっと────。
「何も持っていなくても……ありのままの存在が、その人の価値だと思います」
「あなたにとって……はじめは価値ある人なのね」
聖は笑って頷いた。
麗花の穏やかな微笑みは、聖と息子を見つめて二人を祝福しているようだった。
「よかったわね。あなたを価値ある人だって言ってくれる人がいて」
「……そうだな」
聖の言葉を聞いて、本堂も穏やかに微笑んだ。